現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ライフ
  3. ファッション&スタイル
  4. ビューティー
  5. 記事
2012年12月25日10時19分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

2012ファッション回顧 新たな一歩へ混迷の年

関連トピックス

写真:7月、シモンズによる初のクリスチャン・ディオールのオートクチュールショー。生花で壁が埋め尽くされた=大原広和氏撮影拡大7月、シモンズによる初のクリスチャン・ディオールのオートクチュールショー。生花で壁が埋め尽くされた=大原広和氏撮影

写真:スリマンによるサンローラン13年春夏作品=大原広和氏撮影拡大スリマンによるサンローラン13年春夏作品=大原広和氏撮影

写真:11月のベストドレッサー賞授賞式で、口ひげをつけて登場したきゃりーぱみゅぱみゅ=加藤諒撮影拡大11月のベストドレッサー賞授賞式で、口ひげをつけて登場したきゃりーぱみゅぱみゅ=加藤諒撮影

写真:芸術家の草間彌生とコラボしたルイ・ヴィトン、ロンドンの店のウインドー。拡大芸術家の草間彌生とコラボしたルイ・ヴィトン、ロンドンの店のウインドー。

写真:3月、東京・銀座の中央通りで開かれた国産デニムのファッションショー=橋本弦撮影拡大3月、東京・銀座の中央通りで開かれた国産デニムのファッションショー=橋本弦撮影

 【編集委員・高橋牧子】ファッションは新しい手法を模索しつつも決め手を打ち出せないまま、混迷を深めた1年だった。

 春から年末まで、いくつかの有名ブランドがデザイナーの交代人事でごたついた。2月、ジル・サンダーはショー直前に、人気上昇中のラフ・シモンズが退任し、創始者サンダーが復帰すると発表。様々なうわさが流れる中、シモンズは4月になってようやく、差別発言で昨年解雇されたジョン・ガリアーノの後任としてクリスチャン・ディオールへ移籍した。

 イヴ・サンローランは「メンズのカリスマ」と言われたエディ・スリマンを起用。ブランド名から創始者イヴの名を取って再出発した。12月にはバレンシアガで人気だったニコラ・ゲスキエールに代わり、中国系米国人アレキサンダー・ワンが就任。ディオールはLVMH、サンローランとバレンシアガはPPRといずれも巨大ファッション企業グループに属する。高級品の売り上げが伸び悩む中、限られたパイを狙って両者の競争が再び激化し始めたことを印象づけた。

 流行のデザインも混沌(こんとん)とした。レディースでは、春夏はロマンチックなレースや柄物のドレスがやや目についたが、秋冬に業界が提案した「黒」やバロック調はハズれた。安価なデニムのレギンスや、ニットやデニムに毛皮をつけた素朴な自然派スタイルが受けた。 メンズでも短パンなど気取らない服が売れた。海外セレブではなく、原宿系ファッションの歌手きゃりーぱみゅぱみゅがファッションアイコンになった。

 コラボブームは依然として続いたが、より存在感のある、意外な組み合わせが際だった。ルイ・ヴィトンと芸術家の草間彌生、H&Mと前衛派ブランドのマルタン・マルジェラの協業が話題になった。ユニクロはビックカメラとの「ビックロ」の他、裏原系ストリートスタイルのアンダーカバーと組み、コムデギャルソンは「芸術は爆発だ」の言葉で知られる芸術家、岡本太郎の作品を取り入れた。

 アクネやカルヴェンなど飛び抜けて高価ではなく、かといって無個性でもないブランドも注目された。

 東京には、渋谷ヒカリエなど新商業施設が増えた。ネットショッピングが広がる中、わざわざ店に出かけて買い物をする意味が問われ、ウインドーなどに様々な仕掛けが試みられた。

 一方、ファッション企業によるユニークな東日本大震災の復興支援が続いた。グッチはチャリティーオークションを開いて一夜で4千万円を集め、ボッテガ・ヴェネタは東北の若者を無償でイタリアに留学させた。ルイ・ヴィトンは宮城県のカキ養殖業を、シャネルやトッズなどもそのブランドらしい方法で被災地を応援した。「ファッションで元気を取り戻す」との狙いで松屋や銀座三越などが3月、東京・銀座中央通りで敢行した国産デニムのショーも忘れがたい。

 秋にパリやミラノで行われた13年春夏コレクションでは、各都市で共通の傾向が少なく方向性がばらけた。目立ったのは、一つの服に色や柄、装飾などを混在させたスタイルだった。

 全ての材料をとりあえず集めてみる手法は、新たな一歩を踏み出すための常套(じょうとう)手段。ファッションがいまだ時代社会を先取りする鏡であるならば、来春のスタイルを、混迷を抜け出すかすかな兆しととらえたい。

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介