2010年6月24日10時55分
パリの舗道(c)2009 Eggleston Artistic Trust, Memphis カルティエ現代美術財団蔵
京都のイヌの置物(c)2001 Eggleston Artistic Trust, Memphis カルティエ現代美術財団蔵
カラー写真に芸術的レベルの表現を与えた先駆者といわれる米国人の写真家ウィリアム・エグルストン。日本では初のその本格的な個展「ウィリアム エグルストン:パリ―京都」が、カルティエ現代美術財団と原美術館の共同開催の形で、東京・北品川の同美術館で開かれている(8月22日まで、月曜日休館)。
パリ、京都という二つの都市、そしてアメリカのディープサウスの一見なにげない光景を鮮やかな色彩で切り取った写真の数々。そのどれもがふわふわしたうつろな優雅さに満ちているのに、同時に官能と暴力の血なまぐさいような力強さも感じさせる。このような二面性は、ファッションの表現が求めてきた相矛盾する要素とどこかで深くつながっているようにも思える。
エグルストンは1939年、米国南部テネシー州メンフィスの生まれ。エルヴィス・プレスリーと同じ町だが富豪の家系で、大学時代にアンリ・カルティエ=ブレッソンの影響を受けて写真家を志した。当時までは芸術的な写真表現といえば白黒写真に限られていたが、彼はカラー写真の新技術にいち早く注目。光と色を精妙にコントロールすることで、現実の色ともまた異なる複雑な表現を生み出し、80年代以後の「ニュー・カラー」といわれた大きな潮流に強い影響力を与えた。
今回の個展は、エグルストンがカルティエ財団との企画で2001年に撮影した京都、2006年から3年かけて撮影したパリ、の二つのシリーズ、そして初期の出世作でニューヨーク近代美術館での個展と同時に76年に刊行された「ウィリアム・エグルストンズ ガイド」の一部作品の三つのパートで構成されている。
パリはたとえば、改装中のカフェ、壊れたオートバイ、薬局……、京都はゲームマシンや水槽の中の魚、病院の掲示板。アメリカ南部では、寝室のベッドで拳銃を片手にけだるそうに座る老人、白い大型車の横にたたずむ白人と黒人男性。どのパートでもことさら地域性を意識したり感情移入したりしてはいないようなのに、その土地固有の特異性が深いところで漂っている。
特にアメリカの写真からは、彼が生まれ育った南部の土着性といえるような血と暴力の香りが立ちのぼってくる。そしてそれが秘める官能的な感覚は、パリと京都というアメリカとは歴史が異なる東西の洗練された二つの古都のスナップの奥にも共通して潜んでいる、と感じさせられる。それでいて、写真はどれもエレガントで美しい。
この個展を見ていると、エレガンスと官能性、そして特異性をなんとか折り合いをつけて表現しようとしたイヴ・サンローランやジョン・ガリアーノ、ジャンポール・ゴルチエ、またアメリカのマーク・ジェイコブスといったファッションデザイナーたちの苦闘を思わずにはいられない。ファッションの優れた作品は、いつもこの相反する要素のつかの間で危ういバランスの上に成り立ってきたからだ。
たとえば2010年秋冬の大きなトレンドは、セクシーなクラシックスタイル。多くのブランドがそのセクシーさの盛り込み方に頭を悩ませたようだが、エグルストンはそれと比べるともっとずっと軽やかで大胆に思えた。来日したエグルストンの、言葉少なく語り、この個展の場所としてはもってこいだと思える原美術館の中庭でシャンパンを飲む姿も、ファッショナブルといえばまさしくそのものだった。
1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。