2010年7月15日10時30分
「ウエストコースト」との呼び名でアメリカの西海岸のスタイルが最初に注目されたのは、もうずいぶん昔のことだった。1960年代後半からのサーフィンの流行やヒッピーの風俗、軽快なカウンターカルチャー。そのどれもが当時は最先端の憧れの対象だった。その西海岸スタイルが時を経ていま、ファッションの世界でまた新たな関心を呼び始めているようだ。
この6月に日本に初上陸したカジュアルブランド「ジョニー・オー」(johnnie‐O)もその一つ。まだ歴史が浅く、ポロシャツやTシャツ、パーカなどのほかは、ベルトや帽子などのアクセサリー類と品目も少ない。ちょっと目には何の変哲もない普段着のようだが、アメリカ全土に販路が急増中。ジョージ・クルーニーやピート・サンプラスといったハリウッドの俳優や有名スポーツ選手のファンも多いというが、何がその人気を呼んでいるのか?
そう思ってよく見てみると、このブランドの製品は相反する要素がとても微妙に溶け合っていることが分かる。全体としてはあくまでリラックスした雰囲気なのだが、崩れた感じが全くなくて端正といってよいくらいなきちんとした印象も受ける。ピンクや青、淡いエメラルドグリーンといった色使いも、ふんわりと明るいが、派手な輝きはない。ロゴマークであるサーフィンのロングボードも落ち着いたデザインだ。
「ファミリーでも楽しく着こなせるように」とのうたい文句もあって、レディース、キッズも含めた展開だが、主力のメンズは大人の男性が渋くセクシーに見えるようなさりげない工夫もされている。えりを立てて着られるようにえりの幅がかなり狭くしてあったり、胸元を開けてもだらしなくは見えないようにボタンの位置が慎重に選ばれていたりしている。
このブランドの成り立ちは、創立者でデザイナーでもあるジョン・オドネルが2004年に「趣味の遊び心」で作ったゴルフ用のシャツが友人や知人の間で評判になり、作ってほしいとの依頼が殺到したためだという。彼自身が出身大学UCLAのゴルフ部以来のアマチュアのトッププレーヤーで、機能的でセンスよくも見えるスポーツ着のポイントをよく心得ていたのだろう。
オドネルは、もともとはシカゴやウイスコンシンなどで生まれ育ち、大学時代からロサンゼルスに移った。そのため、米国東海岸のトラッドなプレッピースタイルと西海岸のカジュアルな感覚が自然と融合したようだ。育った7人兄姉の大家族との絆を大切にしながらも、彼はまだ独身を謳歌していて、「ピープル」誌の「女性が結婚したい男性」の全米ナンバーワンに選ばれた。
来日したオドネルは「大事なのは家族、正直、健康。それ以外は楽しくゆったりすること」とさらりと語る。このブランドの特徴はそうした彼の生活スタイルの中から自然と出てきたような、だらしなくない「ゆるさ」というようなもので、そうした「ゆるい」感覚がいま共感を呼ぶのかもしれない。
やはり西海岸スタイルをうたって東京・千駄ヶ谷に去年オープンした米国発のセレクトショップ「ロンハーマン」も、そんなゆるい感覚が共通しているように思える。また今年3月、渋谷マークシティに開店した「カイラニ」は、30歳代の女性が主なターゲットでハワイのイメージを打ち出しているが、基本は西海岸スタイル。こちらもやはり同じような「ゆるい」印象を受ける。
ジョニー・オーもロンハーマンも、海外初進出の先が日本。その日本はデフレや財政不安が続き、参院選では民主党が負けて政局も不穏な重苦しいムードが広がっている。そんな中で、西海岸発の「ゆるさ」はなにかとても新鮮で、ファッションがもたらす一服の清涼剤になれるのではないかと思えるのだが、どうだろうか?
1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。