2010年12月16日
高級ブランドの服がいくら売れなくなっても、ファストファッションの服がいくら売れても、東京ストリート系のリアルクローズはそれにはあまり左右されない手堅い人気を持ち続けている。その大きな理由の一つは、微妙に変化したり細分化されたりする「カワイイ」の意味を、東京のリアルクローズはいつも素早く的確に表現しているからなのだろう。
東京の恵比寿ガーデンホールで今月はじめ、「トーキョー・リアル・モード・コレクション タッチミー」(Tokyo Real Mode Collection touch Me)というファッションショーが開かれた。いわゆる「赤文字系」の女性誌に登場するような主に都会の若手OLや学生向けのリアルクローズ・ブランドに、いつもはモード系のファッション誌で活躍する編集者やスタイリストが作品制作や演出に協力して作った、特別バージョンの服やアクセサリー類などが登場した。
参加したのは、いずれもマークスタイラー傘下の6ブランド。チュールやシフォンとニットを組み合わせて、ナチュラルな色柄のシックなピクニックスタイルを見せた「マーキュリーデュオ」。豊かな色彩とスカーフ使いなどにアイデアを盛り込んでカリブ海風のリゾートスタイルを表現した「ラグナムーン」、大きなウイッグがポップさを急超した「ダズリン」。フェザーを使った軽快なアメリカ先住民スタイルの「ハンアンスン」や、シフォンをメタルで多彩に装飾した「ムルーア」のトライバルなフォークロアルック……。
それぞれ異なるスタイルや味付けながらも、東京のリアルクローズのこれまでの水準からすればかなりモード系に踏み込んだような、シックでエレガント寄りの試みを強く感じさせるコレクションだった。全体の演出を担当したのは、パリ・コレクションでも多くのショーをてがけているファッション・ディレクター若槻義雄、ショー会場の造りもパリ・コレ用の特設テントを思わせ、モデルも高級ブランドのコレクション・モデルのレベルに近かった。
マークスタイラーの惠藤憲二会長は「東京発のリアルクローズをもう少し内容的にステップアップさせ、アジアを手始めにグローバル発信していくことを目指したい」と話した。会場には香港や上海などアジアからの数十人の招待客らの姿も見えた。このコレクションは今年1月に次いで2回目で、「今後も、参加ブランドや海外からの観客を増やしていく予定だ」という。
服としての完成度やデザイン性が高くなること。そのこと自体はもちろん望ましいことだ。ただし、東京のリアルクローズのよって立つ基盤が、ジャパン・クールのファッション的表現である「かわいい」だとすれば、その道は決して単純ではない。
「かわいい」は、もともと未成熟さを愛でる美意識に根差した表現だといわれている。完成されたものよりも意図的に不均衡だったり不正確だったり、移ろいやすいはかないものへのこだわりや、時には「美しい」ものとは異なるグロテスクなものへの嗜好を秘めることもある。そして、若い女性たちの「かわいい!」との反応の裏には、息苦しくなってしまった現代の社会が求める「成熟」への不信や抵抗の意識が深く潜んでいる、との見方もできるだろう。
近代の男性中心の産業社会の成立とともに生まれた、パリを中心とする現代ファッションが基準にしているのは、均衡がとれ完成された美しさが生み出すエレガンスだといってよい。そうだとすれば、東京のリアルクローズが依拠する「かわいさ」はそれとは反対向きの美意識だということになる。その意味では、今回のコレクションがよりパリ的だったことは検討の余地があるのではないだろうか。
東京のリアルクローズが表現してきた「かわいさ」には、原宿系や渋谷系、ギャル系などによってニュアンスの差はあったが、男性や大人の価値観から独立した「女の子のモード」としての共感が色濃くあった。それに対して、パリ・モードが伝統的に基準にしていた美しさ、可憐さは基本的に男性目線によって判断されるものだった。その意味でも、今回のタッチ・ミーのコレクションが「パリ的」に見えたのは残念なことだった。
とはいえ、東京ファッションの弱点といわれていたデザインの詰めの甘さや、海外マーケットへの意識の薄さなどを何とか高めようとするこのコレクションの意欲は大いに評価できるし、今後の展開を期待したい。
1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。