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サイエンスと東大とファッション

2011年1月20日

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写真:「ファッション・イヴェント」の出品作拡大「ファッション・イヴェント」の出品作

写真:「ファッション・イヴェント」の出品作拡大「ファッション・イヴェント」の出品作

写真:「ファッション・イヴェント」の出品作拡大「ファッション・イヴェント」の出品作

写真:博物館会場の動物の骨格標本拡大博物館会場の動物の骨格標本

 ラグジュアリーブランドの不振とファストファッションの躍進。この状況が表すファッションの大きな変化の流れが、年が変わった今年はますます加速していくだろう。そうした中で、ファッションのクリエーションのありようはどう変わっていくのか? 資源の問題やエコロジー、生産地とのフェアトレードを考えること、アートや音楽とのより深い接近という方向も強まってくるだろう。創造力のリソースという意味では、自然科学との関係というのも新たな可能性をもった一つの方向かもしれない。

 東京大学総合研究博物館の西野嘉章教授の公開ゼミと学生グループによるファッション制作、ショー開催は、科学との関係だけではなく、「ファッションと学生」、「ファッションと権威」といった面でも注目すべき試みといえる。東大生がファッションを制作しても現実的には何の不思議もないことなのだが、それでもやはり「特筆」すべきような状況もあるからだ。

 去年12月中旬、東京・小石川の同博物館分館で開かれた「ファッション・イヴェント」は、それなりに見ごたえのあるものだった。一万本もの安全ピンを織り込んで形作られていてパンクな味わいもあるのに、遠目では古代ギリシャのキトンのようなシンプルな日常着にも見える服。右側は荒々しくハードで、左半分はとてもエレガントなドレス……。天蚕糸を織らずに服そのものを糸巻きの形に造形してしまう試みもあった。

 著作権に興味があるという法学部の学生が作った服は、一枚の布にいくつも開けたリングに通した一本のひもで形作られていた。パターンは一切ないのに、ひもの緊張度によって布地にオートクチュールの服のような複雑なバイアスやドレープができる。アイデアとしては単純だが、リングの開け方にはかなりの時間と試行錯誤が必要だったに違いない。

 「モード&サイエンス」をうたったこのイベントは毎年行われていて、すでに5回目だという。東大の学生を中心とする「東京大学服飾団体fab」と西野教授の博物館工学ゼミの共催という形で、今回は12人の学生が作品を発表した。今回の共通テーマは、対立するものの中間の領域を意味する「MESO(メゾ)」。

 このテーマと服との関係は読み取りにくかったが、学生たちが素材や服の形、機能などのさまざまな二項対立のはざまで思いをめぐらせながら服の新たな表現方法を見つけようとした努力は十分にうかがえた。そして多くの作品が頭でっかちの実験的レベルにとどまらずに、とにかく「着られる服」になっていたことも評価すべきだろう。

 この点では、博物館の特任教授として制作を指導しているデザイナー滝沢直己の尽力もある。「数学や法律、文学や建築などを勉強している学生たちが、その知識や経験をどれだけデザインの発想に生かせるか、またそれを服の形に落とし込む過程で得たものはファッションにとっての新しい表現につながる可能性も秘めている」と語る。

 ハイファッションが市場の衰退でオーラを失い、若い世代の嫌消費の傾向が進む中で低価格カジュアル隆盛がいわれている。しかしその一方で、こうした学生たちのファッションへの素直な関心は以前と比べてむしろ高まってきているようにも思える。その意味では、このイベントに予想されるだろう「東大でも?!」との反応がそのことを裏付けるだろう。

 とはいえ、東大の学内でファッションにかかわる活動をするのはいまだにそれほど平易なことでもないだろう、という気もする。ファッションのもつ自在さや、「真面目さ」をからかう批評性は、表層より本質が大切ということで成立してきた東大の権威の構造にはあまり面白くない存在だからだ。Fabのメンバーで表象文化論を専攻している学生は「ファッションは対象としては肩身が狭い」と話していた。

 対象としては最も興味深いとも思える表象文化論でもそんな現状がある中で、一見まるで遠い分野のような博物館でファッションを取り上げてきた西野教授やそのスタッフの姿勢には素直に敬意を表したいと思う。

 ファッションショーの会場としては、小石川の博物館は魅力に満ちている。動物の剥製(はくせい)や古い工学機器が並ぶ中をモデルが歩く光景はとてもシュールに映る。ある意味では18世紀の視覚的な世界観を表象するような博物館の空間と事物、そして、それを真っ向から否定するような現代の若い学生の分析的でかつ感覚的なファッションの表象が切り結び合うのだから。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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