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ガリアーノ解雇 その衝撃と困惑

2011年3月7日

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写真:今年1月、「クリスチャン・ディオール」2011年春夏オートクチュール・コレクションで、ショーの最後に登場したデザイナーのジョン・ガリアーノ(ロイター)拡大今年1月、「クリスチャン・ディオール」2011年春夏オートクチュール・コレクションで、ショーの最後に登場したデザイナーのジョン・ガリアーノ(ロイター)

写真:今月4日のパリファッションウィーク中に、ガリアーノがデザインした2011年秋冬コレクションを発表するにあたり、ディオールのシドニー・トレダノCEOが彼を解雇した旨の声明を発表した。(ロイター)拡大今月4日のパリファッションウィーク中に、ガリアーノがデザインした2011年秋冬コレクションを発表するにあたり、ディオールのシドニー・トレダノCEOが彼を解雇した旨の声明を発表した。(ロイター)

 クリスチャン・ディオールがチーフデザイナーのジョン・ガリアーノを解雇した、とのニュースは色々な意味で衝撃的だった。解雇のきっかけとなったのは、パリのカフェでの先月末のいざこざだった。ガリアーノがユダヤ人などへの人種差別的発言をしたとして告訴され、解雇が一週間もしないうちに決まった。ガリアーノ側も名誉棄損の逆告訴をしたが、英国のタブロイド紙「サン」の公式サイトで流された「ヒットラーが好きだ」などと彼が別の時にカフェで話しているビデオ映像への反響も解雇の決定を早めたようだ。

 このビデオ映像を見たイスラエル出身の女優ナタリー・ポートマンは、映画「ブラック・スワン」で主演女優賞を獲得したアカデミー賞の授賞式に、予定していたディオールのドレスを着るのを急きょ取りやめ、「今後いっさい彼とは関係をもちたくない」と語った。こういう当然といってよい怒りの反応はまだ続くだろう。だが、一方で「あの彼が、なぜあんなことを言ったのか」といぶかる声もある。

 1960年、スペイン・ジブラルタルの生まれ。6歳で英国に渡ったガリアーノの出自は、社会的には厳しいものだった。セントラル・セント・マーチンズのモード科を首席で卒業した才能と技術は抜群だったが、そのクリエーションの根底には既成社会への反抗や批判意識、恵まれない人々への想像力が秘められていたと思う。

 彼自身のブランド「ジョン・ガリアーノ」では、性や体形、経済力、社会的権威などさまざまな面での少数派やハンディキャップをもつ人々に向かってファッションを開いていこうとする姿勢がより強くうかがえた。1996年にジャンフランコ・フェレの後任としてクリスチャン・ディオールのチーフデザイナーに迎えられたのは、彼のいわば「下層」からのエネルギーをハイファッションが取り込んで活力化するというパターンの典型的な事例だった。

 1990年代は、一部の富裕階級のものだったヨーロッパのラグジュアリーブランドが資本グループに編成されて世界的な大企業に急成長した時代だった。LVMHグループ傘下のディオールも、ガリアーノが手がけるようになって売り上げが以前の数十倍になった。彼は破天荒な前衛的造形と完璧にエレガントなクチュール技術をバランスよく駆使して、どきどきするようなコレクションを発表し続けてきた。

 彼の才能はまさにディオールの場を与えられたことで大きく羽ばたいたといえるだろう。とはいえディオールという最高級ブランドの性格と常に求められる商業的成果は、彼の本来の表現意欲を突きぬくためには同時に大きな障壁でもあっただろう。売り上げの急増期にはそれほど目立たなかっただろうが、最近の低迷期になってからは何かと制約が大きくなり、彼の内なる葛藤も増していたのではないかと思う。ここ数シーズンの新作はディオールらしいエレガンスを現代的にかつ独自の美しさで表現した秀作ではあったが、そこに時代と切り結ぶようなアイデアは感じ取れなかった。

 あえて言えば、ディオールに限らずラグジュアリーブランドは90年代のようなデザイナーの才能と商業的成功が交錯する緊張に満ちたクリエーションをもう必要としなくなってきたのかもしれない。去年のアレキサンダー・マックイーンの自死やマルタン・マルジェラのブランド離脱、それ以前のトム・フォードのグッチ辞任も、そうしたことを示す一連の出来事だったのではないかと思う。

 今回の彼の放言そのものは確かに許すことができないし、今回の解雇は当然の処置であり、彼もそれを黙って受け入れるべきだ。だが、パリの外れのアラブ系の人々が多い地区にある「ジョン・ガリアーノ」のアトリエで何度か語り合ったことのある普段着の彼は、クリスチャン・ディオールの舞台やバックステージで見る姿とはまるで違う真摯で知的な印象だった。『旅をすると、世界のどこの地域や民族にも深い文化の伝統があることが分かる。それを自分のインスピレーションにしたい』との言葉を覚えている。

 「私は人生のほぼすべてを通して偏見や不寛容、差別と闘ってきた。私の仕事は異なる人種や信条、宗教、性別の人々の多様さをファッションによって結びつけることだった」という彼の弁明に嘘はないと思いたい。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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