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2011年5月27日10時36分
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上間常正のアッと@モード

フィレンツェと時計の歴史 上海でパネライが「TIME AND SPACE」展

上間常正

写真:特別製作した永久カレンダー付きプラネタリウム時計「パネライ ジュピテリウム」拡大特別製作した永久カレンダー付きプラネタリウム時計「パネライ ジュピテリウム」

写真:TIME AND SPACE展(会場入り口)上海城市彫刻芸術センター拡大TIME AND SPACE展(会場入り口)上海城市彫刻芸術センター

写真:ガリレオが発見した惑星を示した展示映像ビデオより拡大ガリレオが発見した惑星を示した展示映像ビデオより

 中国・上海で5月末まで開かれている「TIME AND SPACE:ガリレオに捧ぐ」展を観に行ってきた。イタリアの高級時計メーカー、オフィチーネパネライがフィレンツェのガリレオ博物館と協力して開いた展覧会で、望遠鏡と時計には実は深い関係があって、それが海そして宇宙への冒険心とつながっていることを示す興味深い内容だった。 展示は3部構成で、まず1860年にフィレンツェの時計工房としてスタートしたパネライが、イタリア海軍の主に特殊潜航艇の精密機器のメーカーとして技術を蓄積した歴史をたどる。深く暗い海の中でも水圧に耐えて、文字盤がよく見える。規模では圧倒的な優勢を誇る英国海軍の艦隊に対して、夜陰に爆弾を積んだ潜航艇で挑むしかないという過酷な状況の中で、兵士たちの目的遂行や命を守るための確実な性能が求められた。続く第2部では、そうして開発された時計が一般向けに商品化されたユニークな軌跡を示す。

 そして第3部では、フィレンツェで活躍した科学者ガレリオ・ガリレイの望遠鏡や経度観測器などを展示。その天体観測の技術と彼が発見した振り子の等時性の原理などが、時計の発達への道を切り開いた。アジアやアフリカとの商業貿易によって栄えたフィレンツェの人々が大海原を進むためには、星の位置と時間を正確に測ることが必要だったのだ。 フィレンツェといえば、ダ・ヴィンチやミケランジェロなどのルネサンス以来の華麗な芸術的なイメージがまず思い浮かぶが、一方でガリレオらが輩出した科学的な探究精神やそれを基盤とした優れた技術の伝統があった。パネライの時計とイタリア海軍のコラボレーションは、そうしたフィレンツェの科学技術的伝統の中に位置付けることができるのだろう。

 このような展覧会が中国で開かれたことも、フィレンツェと中国とのかかわりの深さを示している。ガリレオが望遠鏡で新たな天体を発見したことは、17世紀の初頭にイエスズ会の宣教師によっていち早く中国にも伝えられた。ヨーロッパ人はこのごろになってやっと、当時は文化の先進地だった中国に伝えるべき科学技術をもてるようになったからだ。

 この展覧会は、一つの時計ブランドの歴史がそれを生み出した地域や国の文化の歴史と深くかかわっていて、それが製品の独特な個性や美しさの基盤になっていることを具体的に示していた。

 上海を訪れたもう一つの理由があって、それは3・11の大震災と原発の不安が続く日本から外にいったん離れてみたかったからだ。数年ぶりの上海は、高層ビルと車が一段と増え、街は熱気と混乱に満ちていた。海外のラグジュアリーブランドの大型店やきらびやかなレストランもびっくりするほど増えた。しかし少し裏通りを歩くと、多分50年前ともあまり変わっていないような商店や、洗濯物がいっぱいつられた共同住宅もたくさん残っていた。

 まるで戦後の混乱から高度成長と消費社会を経た日本の歴史の一大パノラマを見るような光景でもあり、それは今回の大震災で焼け跡の振り出しに戻ったような今の東北地方の光景と対比的に重なって見えた。上海の活況はある種の救いのようにも思えたのだが、一方でより大きなカタストロフィーの不吉な予感をも抱かせるものだった。

 とはいえ、ライトアップされた個性的な高層ビルを臨む川辺で催されたパネライ主催の大規模なディナーはやはり楽しく心浮き立つものだった。独自の歴史をもつブランドの業績が好調で、展覧会やこんなパーティーを開けることはやはり悪くはない。どんな時でも、必要以上に悲観的になったり自粛したりするのは決してよくないのだから。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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