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2011年8月11日10時20分
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上間常正のアッと@モード

御堂筋の「赤い服」が示した「作品の価値」

上間常正

写真:大阪・御堂筋 「赤い服」拡大大阪・御堂筋 「赤い服」

写真:同 拡大同 

写真:東京・渋谷 右下部分にベニヤ板がはられた岡本太郎作の巨大壁画「明日の神話」拡大東京・渋谷 右下部分にベニヤ板がはられた岡本太郎作の巨大壁画「明日の神話」

写真:同 拡大同 

 大阪で先月起きた「彫刻に謎の赤い服?」事件は、作品としてのアートの意味を考えさせる面白い出来事だった。御堂筋に設置された彫刻29点のうち19点に赤い服が着せられていて、すぐに服は撤去された、というあらまし。早朝に撤去に駆り出された市の職員には迷惑なことだったろうが、市長をはじめ怒った人はほとんどいなかったようだ。それより、この企みの意味をそれなりに考えてみた人がきっと多かったと思う。

 着せられていた「服」は、彫刻作品のそれぞれのサイズやポーズにマッチしていたそうだ。「犯人(たち?)」は事前に着せる彫刻と服を決めてあったらしく、写真で見るかぎりでは赤の色調と彫刻の色合いや服のシルエットやバランス感はなかなか悪くない。彫刻本体には傷などはいっさいなかったこともあって、この「事件」への非難がなかったはそのせいもあっただろう。

 といっても、ファッション的にみれば「服」自体は粗雑なレベルだし、アート作品として見た時の完成度が高いというわけでもない。それでも十分に好感をもてるだけのこれらのパフォーマンスとしての「作品」が示したものは、アートにせよファッションにせよ、そもそも作品とはいったい何か?という問題だったのではないだろうか。

 これらの彫刻は、「御堂筋彫刻ストリート」と銘打って、大阪市がこの通りを「アメニティ豊かな芸術・文化軸として整備していくため」沿道筋の企業から作品寄贈を募ったものだった。寄贈作は市の呼びかけによれば、世界的にも一級品とされ、高村光太郎や佐藤忠良、ロダンやブールデルらの作品が並んでいる。しかし市の趣旨からすれば、問題はこれらが一級品であるかどうかということではなくて、道行く人たちがその作品をどう解釈したり楽しんだりするかということだろう。

 その意味では、今回の赤い服の企ては市の目的にも立派にかなったものだったといってよい。これによって多くの市民たちがこの「真夏のミステリー」を楽しんだのだし、彫刻作品は新たな表情を付け加えられてさまざまな解釈も巻き起こしたのだから。

 またもしかすると、服を着せたのは、「一級品」としての価値を市民に押しつけようとすることへの異議申し立ての表現だったのかもしれない。今回の御堂筋の場合は別として、景気の良かったころは日本の各地で町の景観にもそぐわない彫刻の「芸術作品」が並んだことも多かった。

 今回の企ては明らかに、彫刻作品に一つの解釈を付け加えたし、それが服を着たことで初めて作品に注目した人も少なくなかったと思う。そのことによって、作品は新たな価値をもたらせられたといってよいのではないだろうか。作品の価値とは作者や作品そのものだけにあるのではなくて、そうした解釈のつながりによって次々と更新されていくものだ、といった方か適切な気がする。

 「罪は問わない。どういう人たちがやったのか知りたいので、名乗り出てほしい」と興味を示した大阪市長の反応は悪くなかった。しかし、誰がやったのかということはあまり大した問題ではない。もし彫刻がすぐれた作品だとすれば、多くの人たちが少なくとも心の中で作品にさまざまな解釈や変形をすでに付け加えているはずで、赤い服はその一つの表現に過ぎない。

 この5月、東京の渋谷駅構内に展示されている岡本太郎作「明日の神話」に福島の原発事故を連想させる壁画のパネルが付け加えられた「事件」もあった。壁画の原作は核と人類をテーマにしたもので、パネルの表現はそれに適したものだった。こちらもすぐに撤去されたが、「犯人」のアート集団が名乗り出て映像とパネルの原画を公開した。「被曝のクロニクル(年代記)に福島を付け足した」とのこと。

 警察はメンバーの3人を軽犯罪法違反で7月に書類送検したが、岡本の原画を棄損したわけでもないし、余計なお世話というべきだろう。岡本太郎記念館の平野暁臣館長は「太郎が生きていても、別に怒らなかったと思いますよ」と言ったそうだが、もちろんそうだと思う。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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