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2011年10月20日10時13分
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上間常正のアッと@モード

男たちよ今こそもっとおしゃれに!

上間常正

写真:阪急MEN’S TOKYO拡大阪急MEN’S TOKYO

写真:トム・フォードの紳士服の本格的なショップも拡大トム・フォードの紳士服の本格的なショップも

写真:伊東屋とユナイテッドアローズが協力した文房具売り場拡大伊東屋とユナイテッドアローズが協力した文房具売り場

 東京・有楽町に「阪急MEN’S TOKYO(メンズ・トーキョー)」が今月15日、有楽町阪急を改装してオープンした。地下1階から地上8階までの9フロアすべてが紳士用で、銀座の百貨店としては初めてのこと。画期的といえばそうなのだが、むしろ今までなぜ銀座界隈に、こういう店ができなかったのだろうか? とあれこれ興味深く考えさせられた。

 この10年ほどで銀座は、以前よりだいぶにぎやかになった。高級ブランドの大型旗艦店が続々と開店し、最近はユニクロや海外のファストファッションやカジュアルな飲食店の出店も盛んで、若い層の客足が増えた。そんな傾向に合わせた百貨店のリニューアルも相次いだ。だが、そのほとんどは女性、そして若者に焦点を合わせたものだった。そして、それが悪いというわけではない。

 しかし、銀座は古くは主におしゃれな大人の男性が遊ぶ場所だったはず。作家の池波正太郎や随筆家の吉田健一といった通好みが足を運んだ店がたくさんあって、その中で今でも残っている店も少なくない。戦後の男性ファッションをリードして青山近辺のファッション隆盛の開拓者だった石津謙介も、飲んで遊ぶのは銀座に決まっていた。ちょっと敷居の高い紳士服仕立店や高級紳士靴店もあるし、並木通りにはサンモトヤマも健在だ。

 今でも残っているそうした店に入ると、昔の大人の粋人たちの面影が重なるせいもあってなのか、いつも強いときめきを感じたものだった。阪急MEN’S TOKYOに足を踏み入れて感じたのは、そのときめきに似てしかもアップ・トゥ・デートな感覚だった。

 まず、1階はバッグや革小物類のフロア。世界の代表的ラグジュアリーブランドがずらりと並んでいるのだが、紳士物もあったのかと初めて気づいたブランドもあって驚かされる。それは2階のカジュアルスタイルや3階のドレスアップスタイルのフロアでも同じで、男だって堂々とファッションブランドの客になっていいのだというなぜかホッとしたような気にさせられる。思えばこれまで、女性用がほとんどだったファッションブランドの店では取材の時でもいつも少なからず肩身の狭い思いをさせられていたからだ。

 そうした海外ラグジュアリーブランドだけではない。この店ではアンダーカバーのTシャツ、ヒステリックグラマーのレザーブルゾンなど、国内の感度の高いクリエーターブランドが出品した売り場もある。また、ロンドンを拠点とするいま注目のグローバル情報誌「MONOCLE(モノクル)」がプロデュースした世界初のカフェが地階にあるし、5階には国内外のビジネスマンに向けた比較的買いやすいトラディショナルブランドの服も揃っている。

 こんな品揃えは、大人のファッション好きがよほど気合いを入れて取り組まなければできなかったことだろうと思う。それで喚起されて感じたことは、こんな楽しさがあってもいいじゃないかということ。デフレや東日本大震災による出口が見えない暗さと不安の中で、こんな楽しさが味わえる場が日本にある、という感動にも似た気づきだ。

 被災地へのもっときちんとした支援や原発への有効な対処がまず第一に必要なことは言うまでもないが、さらに今必要なのは大人のとりわけ男性たちが気持ちよく消費することが求められているのではないだろうか。そうしなければ、気分が必要以上に沈んでしまい、経済も回らなくなってしまう。希望をもつためには、生活の中でのおしゃれな楽しみをもつことが必要なのだ。

 しかし銀座は、今度の大震災にしてもその前のバブル経済の崩壊のずっと以前から、本来の成熟した渋い輝きを少しずつ失ってきていた。多分それは、戦後の経済の高度成長が始まって、男たちが未来の経済的豊かさを追求する夢に奪われて、日々の生活を楽しむゆとりを失ってしまっていたからではないだろうか。そんなゆとりを失うと、いま求めていることの背後にあるかもしれない大きな危うさや、少しずつなくしてしまっている大切なことに気づかない。

 この阪急のような店は、本当はもっとずっと前にできていればよかったのではないか。青山や渋谷、表参道などにおしゃれな若い男性向けの店がもうずいぶん前からあって、新宿には伊勢丹の大規模なメンズ館もできてそれなりの活況を見せていた。それならば、むしろ銀座こそが紳士物のファッションの本場として、こんな店を中心に大人の男たちの生活に彩りを与えてほしいと思う。

 震災からの復興や経済不況の克服のためには、おしゃれどころではないだろ、との声もあるかもしれない。しかし、人災としての自然災害や行き過ぎた経済成長の失調は、日々の生活を楽しむゆとりを失ってしまったことに大きな原因があるのであって、順序が逆なのだ。こんな時こそ、おしゃれに改めて目を向けるべきなのだ。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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