現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ライフ
  3. ファッション&スタイル
  4. コラム
  5. 上間常正のアッと@モード
  6. 記事
2012年2月16日11時53分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

上間常正のアッと@モード

スタイルの男女差を軽々と無意味化したコムデギャルソン・メンズの衝撃

上間常正

写真:2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)拡大2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)

写真:2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)拡大2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)

写真:2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)拡大2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)

写真:2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)拡大2012秋冬パリ・メンズコレクションより(撮影・大原広和氏)

 この1月にパリやミラノで発表された2012年秋冬メンズコレクションでは、テーラード仕立てのスーツやコートがとても増えたようだ。スーツといえば、それは貴族に代わって近代の産業社会を担うようになったブルジョワジー男性の公式の仕事着として半ば制服のような役割を果たしてきた。しかし、メンズモードの世界でこれだけ取りあげられるのは久し振りだろう。

 その産業社会の仕組みが地球環境や資源の問題などで行く末が分からなくなってきてしまった今、その仕事着であるスーツも同じように存亡の瀬戸際に立っていると考えても不思議ではない。産業社会化の先頭を走ってきたヨーロッパが去年から特に深刻な混乱に陥っているのだから、パリやミラノ発のメンズモードがスーツに注目したのは自然の成り行きともいえる。

 しかし今回のコレクションに登場したスーツやコートは、素材がやたらに豪華だったり中のシャツがボタン無しの打ち合わせだったりで、何だか見た目にも落ち着かず特に新味が感じられないものがほとんどだった。それは多分、スーツを着ることの意味やスーツが保ち続けてきた基本形の理念といったようなことまで踏み込む視点が欠けているせいなのかもしれない。

 そうした中で、コムデギャルソンが発表した“女の子ルック”とでもいえそうな新作にはちょっと衝撃的なインパクトが感じられた。このコレクションでもスーツやコートが登場するのだが、女性のスーツと全く同じようなプリーツやフレアのひざ丈スカート、中のシャツは大きな丸襟のブラウスといった具合。上着やスカートにはバラや水玉模様も。テーラードのジャケットではなくても、女性がやるようなざっくりしたカーディガンやショートポンチョとスカートの組み合わせもある。コートもミニ丈のAラインで、長髪のモデルの後姿は男性とも女性とも遠目では見分けがつかないだろう。

 これはいわば、女性の服をそのまま男の子に着せてしまったといってもよいわけなのだが、その姿はよく見るともちろん違う。スカートの下から見える脛はやはり紛れもなく男性のものだし、ドラッグクイーンのようなメーキャップをしている訳でもない。むしろ男性としてのモデルそれぞれの個性のようなものがかえって浮き立って感じられるといってもよい。どれがなぜ「衝撃的」なのか?

 ヨーロッパの近代産業社会の成立と共に誕生した近代ファッションの大きな特徴は、それ以前の伝統的なファッションと比べて男女の違いが大きくなったことだった。それは新たに登場した産業社会が、男は外に出て組織の中で働き女は家庭で家事や育児を担うという社会的な性役割を明確にすることが必要だったためで、ファッションはその役割を視覚や美意識で示す役割を担ったためだ。そしてこの役割の仕組みは現代にいたるまで基本的には変わらなかった。

 スーツはそうした違いの代表選手で、産業社会を担う男性の権威の象徴だった。しかし時代を追って女性の社会的進出が高まり、女性も多くがスーツを着るようになってきた影響で、男性権威の象徴として機能的だが堅苦しかったスーツも少しずつ変化を遂げてきた。というよりむしろ、スーツはいまや多くの女性も着るようになったことで、最も代表的なユニセックスの服だともいえるくらいなのだ。

 こうした流れを作ったのは、女性の社会的進出が加速的に進んだ1980年代に登場したジョルジオ・アルマーニの肩パッドを外したソフト・スーツ、また2000年代にエディ・スリマンがデザインしたディオール・オムのスリム・スーツなどがあった。どちらも男女双方から広く支持されたことで、スーツの構造やイメージもユニセックス化にかなり大きな影響を与えた。

 ところが今回のコムデギャルソンのやり方は、それでも残っているスーツやコートの男女のスタイルの違いそのものを、まるで無視するかのように軽々と超えてしまったという意味で衝撃的なのだ。デザイナーの川久保玲はパリで、男とか女とかは問題じゃなくて要は人間性、とのような意を言葉少なに語ったという。それはまるで“コロンブスの卵”のようなことなのだが、川久保玲の今回の発想にはそんな凄みがある。

 テーラード技術は服の作り方としては最も進化した手法だということもあって、スーツはまだこれからも当分は着られ続けるだろう。そのためにはユニセックス化がますます進みそれが男女の社会的性役割の構造の変化とも対応していくということになるのだろうが、コムデギャルソンの今回の服はそんな遅々たる変化(進化?)をも軽々と無意味にしてもっと先に行ってしまったのかもしれない。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介