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2012年3月15日10時34分
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上間常正のアッと@モード

2012年秋冬の新作で感じた30年代スタイル

上間常正

写真:プラダ(いずれも2012年秋冬コレクションより、撮影・大原広和氏)拡大プラダ(いずれも2012年秋冬コレクションより、撮影・大原広和氏)

写真:ルイ・ヴィトン拡大ルイ・ヴィトン

写真:クリスチャン・ディオール拡大クリスチャン・ディオール

写真:ドルチェ&ガッバーナ拡大ドルチェ&ガッバーナ

 ミラノやパリと続いた今年秋冬ファッションの新作発表が先週で終わり、今月半ばからは東京コレクションが始まる。ネットでの速報や中継が進んでいるため情報は得やすくなったが、肝心の新作の中身は逆に薄くなってきているという気がするのは皮肉なことだ。その速報で見た限りで言えば、今回もとりわけ大きなニュートレンドはなかった。だがそんな中でもちょっと興味深かったのは、特にミラノのブランドの新作に漂っていた1930年代のファッションの香りだった。

 1930年代といえば、ニューヨークの株式市場で1929年に起きた株の大暴落に続く世界的な大恐慌と社会不安が続いた暗い時代だった。「黄昏(たそがれ)の10年」とか「無方向の10年」などともいわれたが、当時のパリを中心としたオートクチュールのファッションが打ち出したのは、そうした雰囲気とは正反対ともいえる華やかでフェミニンな服だった。それは決して単なる時代の逆を行った思いつきではなかったし、むしろ現代ファッションの歴史の中でも最も活気のあるクリエーションに満ちた時代でもあった。

 30年代のファッションの特徴は、服が彫刻のように立体的に構成されていて女性の体の量感や曲線を強調したフェミニンな感覚だった。素材も新しく開発された合成樹脂やガラス繊維なども使われていて、その時代なりの現代的な感覚も盛り込まれていた。1920年代のファッションは好景気を反映して活動的でややボーイッシュな服が流行したが、30年代は「成熟した女性」のフェミニンさを表現する方向に変わった。

 この時代に活躍した代表的なデザイナーはシャネルとスキャパレリだった。シャネルは20年代のシンプルで中性的な「ギャルソンヌ・ルック」を後退させて、オーガンジーやレースで夜のドレスを作り、イミテーションの宝石を多用した装身具で飾り立てた。不況を考えて価格を大幅に下げるという機敏な対応も忘れなかった。スキャパレリは、この時代に活躍していたシュルレアリストたちのアイデアを積極的にデザインに取り込んだ。特にサルヴァトーレ・ダリとの関係が親密で、唇やギターの形のボタンやハイヒールを逆さにした帽子といったエキセントリックな表現が人気を集めた。

 2012年秋冬の今回のコレクションでは、光る素材の多用や凝ったディテールの装飾、ひざ下丈のスカート、それによって強調された「女らしさ」といった面で1930年代スタイルとの共通性がうかがえる。プラダやドルチェ&ガッバーナは17世紀のバロック・スタイルを強く感じさせるが、曲線の多い装飾性、レースやリボンの多用などのように、30年代スタイルはバロックと深い底で結びついていた。

 通底ということでいえば、バロックはカトリック教会などによる古い支配秩序の破綻、30年代のスタイルは急発達した近代資本主義社会のシステムの最初の行き詰まりという時代背景があった。その底の意味からすれば、今回の30年代調は、リーマンショックからヨーロッパの金融不安と続く現代社会の世界的な破綻の影が強くなった時代背景があるのだと思う。

 30年代のファッションは、シュールレアリストだけではなく、ピカソやブラック、マチスといった画家や詩人のジャン・コクトー、彫刻家ジャコメッティ、作曲家のストラビンスキーら当代一流のアーティストたちも積極的に参加、またマン・レイ、ホルストなど才能豊かな写真家が優れたファッション写真を相次いで発表するなどといった力強いムーブメントだった。

 それと比べれば今回の影のような1930年代調はいささか物足りないと言わざるを得ないだろう。モダンアートにせよ音楽や文学にしても30年代のような力強い息吹がないことも確かなのだが、時代の行き詰まりということでいえば、現代は30年代よりももっと深刻だし、80年前と比べれば新たに出現した発想源や技術の進歩もいくらでもあるはずだと思うのだが。

 ホルストが1937年に撮影したココ・シャネルの有名なポートレートがあるが、シャネルはジャージの黒いアフタヌーンドレスを着て寝椅子で何かをじっと考えている。もし彼女がいま生きていたらどんな服を出すのだろうか、とつい考えさせられてしまった。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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