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2012年6月21日10時41分
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上間常正のアッと@モード

着る側からもっと声を ヴォーグの「美と健康」宣言の波紋

上間常正

写真:VOGUE JAPAN 7月号表紙 VOGUE JAPAN 2012年7月号 Photo: Inez van Lamsweerde and Vinoodh Matadin (C)2012 VOGUE JAPAN. All rights reserved. 拡大VOGUE JAPAN 7月号表紙 VOGUE JAPAN 2012年7月号 Photo: Inez van Lamsweerde and Vinoodh Matadin (C)2012 VOGUE JAPAN. All rights reserved.

写真:VOGUE本誌「ザ・ヘルス・イニシアティブ」誌面セレブ見開き写真 VOGUE JAPAN 2012年7月号 Photo: René Habermacher (C) 2012 VOGUE JAPAN. All rights reserved.拡大VOGUE本誌「ザ・ヘルス・イニシアティブ」誌面セレブ見開き写真 VOGUE JAPAN 2012年7月号 Photo: René Habermacher (C) 2012 VOGUE JAPAN. All rights reserved.

 ヴォーグ誌(7月号)が打ち出した、いわば“痩せ過ぎモデル”を誌面では今後起用しないという「美と健康」宣言が大きな反響を呼んでいる。新聞やテレビなどでもとり上げられ、おおむねは好意的に受け取られているようだ。しかし、この問題は今後ももう少し注意深く配慮を重ねてより広げていく必要があると思う。

 宣言の内容は、摂食障害のように見えたり16歳未満であることがわかっていたりするモデルを起用せず、より健康的なボディーイメージを誌面に掲載していくとのこと。そのためには、モデルへの指導教育プログラムを構築したり、細過ぎる服のサンプルを作らないようにデザイナーに呼びかけたりするなどしてファッション業界全体の意識向上にも努めたいという。

 痩せ過ぎモデルの問題は、もうだいぶ前からその弊害について色々と語られてきた。痩せるための極度の小食や過剰な喫煙、またそれでも厳しい現場の仕事やパーティーに耐えるために麻薬の使用などで、結果として死に至ってしまった例も少なくなかったからだ。また、こうした危険を避けるために、ダイエットなどを必要とせず元気なまだ未成熟な少女をモデルに使うことの教育的弊害も指摘されてきた。

 ヴォーグの7月号の誌面では、健康的な食生活の提案や、食べることに積極的に気を使っている日本の代表的な6人のモデルの紹介、豊かな体形で力強いタイプの女優へのインタビューなど、宣言に沿ったさまざまな特集記事を掲載している。この秋のトレンドの紹介も「洗練の新グラマラス」で、細過ぎる印象の服やモデルは確かにほとんど見られない。

 これまで、モデルの痩せ過ぎが指摘されてもそれがまかり通ってきたのは、ファッション誌や各ブランドの広告ビジュアルでは相変わらずそうしたモデルたちが細い服を着てにっこり微笑んできたからだ。そんな風潮に異議を唱えるために、デザイナーの中でもアレクサンダー・マックイーンやゴルチエらが肥満タイプのモデルや身体障害者をショーで登場させた例もあった。ベネトンの広告写真を担当していたオリビエロ・トスカーニが、痩せ過ぎモデルを使ったCMビジュアルをまるで冷蔵庫や電信柱のようだと揶揄(やゆ)したこともあった。

 そうした中で、ファッション業界では決定的に大きな影響力をもつヴォーグが今回の宣言と、その姿勢を今後も続けていくとすれば、痩せ過ぎの体形が美の基準となっていた風潮も変わっていくかもしれない。ただし注意しなければいけないことは、基準というのはどんなものであれそれが排除とつながってしまうことだ。「健康」はそれ自体は望ましいことだが、それは必ず「非健康」というバリアの外の存在を生み出してしまう。そうしたやむを得ない事情を避けるためには、バリアの外に置かれる人たちへの想像力を常に働かせることが求められるだろう。

 たいていの分野では基準のバリアから外れるのは少数派なのだが、ファッションに関しては実は排除される方が圧倒的に多数派だったという奇妙な現象がまかり通ってきた。痩せ過ぎモデルの体形と彼女らが着る服は確かに美しく見えるのだが、そんな服が似合う女性は現実にはほとんどいないし、実際にショーの舞台裏で間近に見るモデルたちは現実離れした背の高さと細さでまるで異生物のように感じるほどなのだ。

 それでも彼女らが起用され続けてきたのは、その姿が遠くからは現実離れした美しさを与え、そのイメージが確立されれば服は売れなくても同じブランドの化粧品や香水、バッグや財布などの小物類がたっぷり売れたから。そして、より多くの人が着るはずの一般のアパレルメーカーも、似たイメージをかなり緩めのサイズに直して服を大量に作るのだが、そのサイズの規格からも実際にはちょっと太めだったり背が低めだったりの多くの女性は外れてしまっていた。

 こうした事情は、美の基準やバリアを作るのが一方的に服の作り手の側にあったためだった。作り手側にとっては美の基準はなるべく単純に画一化した方が生産の面では効率的になるからだ。着やすくてサイズの豊富な服を作るとコストが高くなって利益が減ってしまうのだから。

 ヴォーグの今回の宣言は、メディアという作り手と消費者との中間の位置から出されたわけだが、本当に必要なことは、この問題について着る側からもっと声を上げていくことだ。どんな服を着たいのか、そんな服が着られるのかと着る側がアピールして作る側と声をかわすこと。新しいファッションの形はそんなコミュニケーションの中からしか生まれてこないのだと思う。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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