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2012年7月19日10時35分
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上間常正のアッと@モード

米国の五輪用ユニホーム騒動が示す危機の時代のナショナリズム

上間常正

写真:ラルフ・ローレンによる米国五輪代表チームのユニホームを着る選手=ロイター拡大ラルフ・ローレンによる米国五輪代表チームのユニホームを着る選手=ロイター

写真:ラルフ・ローレンによる米国五輪代表チームのユニホームを着るパラリンピックの水泳選手=ロイター拡大ラルフ・ローレンによる米国五輪代表チームのユニホームを着るパラリンピックの水泳選手=ロイター

写真:ラルフ&リッキー・ローレン夫妻=川瀬洋氏撮影拡大ラルフ&リッキー・ローレン夫妻=川瀬洋氏撮影

 ロンドン五輪用アメリカ選手団のユニホームが中国製だったことをめぐる騒動は、一見バカバカしいようだがよく考えてみないといけないことも潜んでいるように思える。この問題では、リベラルと保守というこれまでの経済や政治での対立軸がぼやけていて、それがメディアや人権擁護団体まで巻き込んだ単純で分かりやすいナショナリズムという形で叫ばれているからだ。

 この騒動が新聞やテレビでも報道されたことで、日本でもかなりの話題となった。その多くは、中国製品がこれだけ多くの分野で世界中に広がっている中で「いまさら何を言ってるのか」という声で、「グローバリズムをうたってそんな状態を招いたのはアメリカじゃなかったの?」との指摘も少なくなかった。こうした意見は米国内と比べると冷静でおおむね正しいと思うが、中には「もう中国製品はたくさん!」とか、「知らないうちに尖閣列島も中国製になってしまわないように」などの声もあった。

 肝心のユニホームはアメリカのトップデザイナー、ラルフ・ローレンが手がけたもの。星条旗の紺と赤を白地に効果的に配したアメリカン・トラッドのすっきりとしたスタイルで、日本選手団の妙な色と派手な図柄のユニホームと比べるとずっとおしゃれで上質に見える。このレベルの「服」ならば、ファッションブランドとしてのコストも当然かなり含まれていてもおかしくない。納入価格は一式で10数万円らしいが、決して高過ぎるとはいえないだろう。ただし、その価格は「中国生産」だからこそできるのだ。

 もしこのユニホームを「アメリカ国内生産」にすれば、価格はこんなものでは済まないだろうし、同じ価格にするならデザイン性や素材の質を落とした見栄えの悪いものにするほかない。そうなると、オリンピックの代表選手たちやその姿や競技を観るアメリカ人たちはどう思うだろうか? 中には愛国心や雇用問題にこだわって国内産に賛成する人もいるだろう。しかし、4年に一回のことならともかく、それが毎日のように使う物では愛国心の出番はぐっと減る。もうだいぶ前からアメリカでは「中国製品」なしでは生活が成り立たなくなっているし、そのことに敢えて異議をはさむ声もほとんどなかったのだ。

 国内生産ということにしても、アメリカでは90年代からIT革命などを経て産業の中心が金融や情報などに移行していて、モノをつくる製造業はもう多くがまともな形では残っておらず、アメリカ製品といえるのは軍事関係の宇宙・航空産業や外国ではほとんど見向きもされない大型自動車くらいしかないのが現状だ。それはファッションやスポーツ用品も例外ではない。

 ファッションやアパレル産業ということで言えば、アメリカに限らずオートクチュールやごく一部の高級革製品を別にして、高級ブランドやカジュアルウエアにいたるまで今ではその多くが中国などのアジアや東欧各国で生産されている。そうでなければ産業システムが成り立たないからだ。

 こうしたグローバルな分業体制に問題がないわけではない。現状ではその多くが、価格を抑えるためには必要な単純だがきつくて低賃金の労働を先進国がアジアや東欧などの土地や人件費の安い国に押しつけているだけ、と言わざるをえない。もしリベラルな立場からすれば、そこで発生している過酷な状態を不公平なものとして糾弾すべきだろう。そして、働く側の国の人たちがそういう”分業体制”への抵抗の手段としてナショナリズムを打ち出すなら分かる。

 そういうことからすれば、今回の五輪ユニホームの件では、本来はリベラルなはずだった民主党も保守の共和党も一緒になって愛国心や雇用問題をヒステリックに打ち出していることはかなり奇異に感じる。というより、そのおかしさよりも、アメリカという国がリベラルも保守も関係なく強者の立場からのナショナリズムを見境なく叫ぶほど追いつめられているのか、との恐ろしさを伴った危機感を覚えてしまうのだ。

 オリンピックに先立って6月に開かれたテニスのウインブルドン大会では、選手たちが国籍に関係なくナイキやユニクロなどのウエアを着ていた。国別対抗ではないからということもあるだろうが、スポーツの大会はそれでいいではないかと思う。特に危機の時代には、歴史的にみてもナショナリズムはろくな結果を生まなかったのだから。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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