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2012年8月24日10時44分
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上間常正のアッと@モード

「日本ファッションの未来性」展が示す、見えない「未来」

上間常正

写真:「陰翳礼讃」より拡大「陰翳礼讃」より

写真:「伝統と革新」より(ジュンヤ・ワタナベ)拡大「伝統と革新」より(ジュンヤ・ワタナベ)

写真:「平面性」より(アンリアレイジ)拡大「平面性」より(アンリアレイジ)

 未来について語ることが、いつからかとても難しくなってしまっている。そのためには「現在」をきちんと語ることが必要なのだが、いま何が起きているのかが見えにくくなっているからだろう。そして、「起きていること」を分類・把握できたとしても、なぜそれらが起きたのかが分からなければ、次に起きる未来を予測することはできない。東京都現代美術館で開かれている「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展(10月8日まで)は、そうした今の時代の事情を象徴的によく表している。

 洋服が日本で一般に広まったのは戦後になってからのこと。そして「日本ファッション」といえるようなものが出現したのは、経済の高度成長期を経て1970年代に入った頃だった。高田賢三や森英恵、三宅一生らがパリで作品を発表、80年代初めに川久保玲や山本耀司のパリ・デビューが続いて、日本発のファッションは世界的にもかなりの注目を集めるようになった。この企画展は、それからの約30年間の軌跡をいくつかのキーワードと丁寧な作品解釈でたどっている。

 会場構成は四つ。まず「影翳礼賛」と題したコーナーでは、川久保と山本の「ぼろ服」と称されたモノトーンの引き裂かれたアシメトリーな服を中心に展示。それまでの鮮やかな色を多用して左右対称に構築されたパリ・モードの伝統に対して、川久保らの多義的なニュアンスを含んだ黒の自在なフォルムの服が与えた衝撃や、しかもそれらが周到な意図と技術によって裏打ちされていたことをデザイン画や彼らが重視した写真表現などとも合わせて示している。

 次の「平面性」では、三宅一生のプリーツ・プリーズなどを筆頭に、平面的な布を体に添わせて一種の「間」の効果によって体と服の新しい関係を探ろうとした日本人デザイナーたちの表現の特色を分析する。こうした発想は和服や折り紙の特徴でもあり、また日本画の平面的な表現とも通底する。その平面的な構造がデザインの可能性を広げ、衣服の造形性に新たな次元を開いたのだという。三つ目の「伝統と革新」は、特に伝統の染織技術とハイテクを駆使して素材開発から始める日本人デザイナーの特色を強調している。

 この企画展は「日本ファッションの30年」とのサブタイトルで、2010年にロンドン、そして去年はミュンヘンで開催されて少なからずの反響を呼んだ。今回の東京での展示では「日常にひそむ物語」とのコーナーを新たに加え、川久保らのいわば第二世代に続く1990年代以後にデビューした「第三世代」や新進のデザイナーたちの作品を紹介している。彼らに共通するのは、服の背後にある「物語」を重視していることだという。たとえば、玉井健太郎がデザインする「アシードンクラウド」は、毎シーズンある職業のユニホームを想定した服を発表している。それは仕事のための実用性を伴った日常着であり、そのデザインの中に働くことと生活することを結びつける物語が込められている。

 この世代の若手デザイナーたちの作品に多く見られる、マンガやアニメなどサブカルチャーの引用も、現実と仮想の自由な交差を具現化した表現を含めて、着る側との共感を目指した「物語」が介在している、とのことのようだ。

 37ブランド、100点を超える展示は、作品の選択や個々の解釈も的確で、建築家の藤本壮介が担当した会場デザインも明確で秀逸だった。ただし、そこから肝心の「未来」がうかがえるかといえば、そうではないと言わざるを得ないだろう。なぜならばこれらの作品が、それが生まれ評価されたそれぞれの年代の社会的、文化的な時代状況との関係が明らかにされていないからだ。

 ある作品や作品群の「未来性」を語るためには、その歴史、社会、文化的な要素を総合的に分析してそれらがもつ意味を明らかにする必要がある。また場合によっては、「未来」というのは「終末」でしかないということもあるかもしれない。近代の産業社会の成立とともに生み出された「近現代ファッション」は、産業社会が行き詰まって終わりを迎えれば、それと共に確実に「終末」を迎えるはずなのだし。

 その意味では、川久保ら第二世代の前衛ファッションは、時代の「現在」の可能性を広げて活性化したことは確かだったが、「未来」を切り開いたわけではなかったとも言える。彼らが果たした役割は、近代社会の象徴ともいえるファッションのスタイルとしてはあまりにも前近代的だった表現を本格的に近代化したことだったのではないだろうか。

 今回の企画展は、そうしたことを考えるためのとても優れた題材を提供したものとして最大限の評価をすべきだろう。これを出発点として、もしかすると来ないかもしれない「未来」を何とかして探っていかなくてはならないのだと思う。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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