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2012年9月20日21時23分
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上間常正のアッと@モード

ファッションと愛国心の危険な関係

上間常正

写真:LVMHグループの最高経営責任者(CEO)・ベルナール・アルノー氏のベルギー国籍取得申請に対して抗議する人々(ロイター)拡大LVMHグループの最高経営責任者(CEO)・ベルナール・アルノー氏のベルギー国籍取得申請に対して抗議する人々(ロイター)

写真:ベルナール・アルノー氏(AP)拡大ベルナール・アルノー氏(AP)

 フランスのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループを率いるベルナール・アルノー最高経営責任者(CEO)が、隣国ベルギーの国籍取得を申請していたことが分かり、国内外で話題となっている。企業や大富豪の節税対策のための国籍移転は珍しくもないことだが、フランスの伝統的な高級ブランドを束ねる資本グループの総帥となれば話は別で、なかなか簡単には見逃してはくれないようだ。

 8月末にアルノー氏が国籍申請をしたことをすっぱ抜いたのはベルギーのリーブル・ベルジック紙。フランスのオランド大統領が提唱している「スーパー課税」にアルノー氏が反対の意志を強く表明していたことなどを伝え、この申請がフランスより課税負担の少ないベルギーの国籍取得で節税への狙いがあることを示唆していた。この課税法案は、年間所得が100万ユーロ(約1億円)を超えると75%の所得税をかけるというもので、フランス国内では財界や高所得者らを中心に反対論が巻き起こっていた。右派の国民運動連合(UMP)のフランソワ・フィヨン前首相は「フランスは成功した人を好まない、と世界から思われてしまうだろう」と懸念の声を上げている。

 これに対してアルノー氏はすぐに声明を発表し、この国籍申請を事実と認めたうえで、それは税金対策ではなく、近く予定しているベルギー国内での大規模な資本投資のために有利な条件を得るためで、フランス国籍はそのまま維持して税金もフランス国内で払うと釈明した。しかし社会党の現政権や左派のメディアの多くは、この国籍申請は節税を目指していて、アルノー氏はフランスの経済危機から逃げる「愛国心に欠ける行為だ」との非難の声を浴びせた。

 オランド大統領はテレビのインタビューで「アルノー氏は他国の国籍を申請することの意味を熟慮すべきだった」「フランス人であることに誇りを。今は愛国心を求める必要がある」と語り、リベラシオン紙は「Casse-toi riche con!(出ていけ、金持ちの愚か者)」との激しい見出しで攻撃を加えた。

 アルノー氏といえば、米フォーブス誌の長者番付によれば資産410億ドルでフランスではトップ、世界でも第4位の富豪。それだけに納税額も半端ではないし、やっかみやそれが海外に流れるとなれば批判の声も強いだろう。ただし今回の国籍申請は、それ自体は所得隠しや不法な脱税行為というわけではない。むしろ問題なのは、氏がルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオールといったブランドを束ねるグループのトップであり、このことがファッションと愛国心をからめた非難として語られることだ。

 まあ当然のことだが、アルノー氏の今回の動きとルイ・ヴィトンやディオールのファッション発信の内容とは全く関係はないだろう。そんなことよりも、あえて言えば、ファッションは「愛国心」をからかいこそすれ、一度も連帯したことなどはないのだ。愛国心を言ったり人に強制したりする側は、制服を用意することはあっても、いつもファッションを敵視したり弾圧したりしてきたからだ。愛国心というのは強制されるものではなく、人一人ひとりの心の中にそれぞれの形で自然にあるものに過ぎない。歴史的に見ても、他国から理不尽に侵略されて民間レベルで大きな被害が出る場合を除けば、愛国心は百害あって一利なしということがほとんどだったはずなのだ。

 世界的な近代の行き詰りの中で、その中心だったヨーロッパの主要国の一つであるフランスがいま大きな危機に直面していることは事実だ。しかし、その中でフランスがことさらに愛国心をうたうのはあまり納得できることではない。特に今回のことでそれがファッションとからめてあまり言われるようになれば、それこそフランスはもうお終いということになりかねないだろう。そういう意味では、アルノー氏には愛国心についてはあえて非難に迎合するようなことは言ってほしくないと期待したいものだ。

 世界的な経済不況が進む中でラグジュアリーブランドの売り上げも低迷していることも事実で、アルノー氏の富豪ぶりにも翳がさしてきたとも想像できる。その意味では彼の国籍申請の動機の中に将来に向けた節税意識が働いていることも否定はできないだろう。ただし、そうだとしても、利益確保のためにもの作りの過程でのコストカットに走ってファッションのパワー発信の力が弱まってしまうことの方がずっと禍根を残す結果となってしまう、と思えるのだ。

  • 上間常正氏は「朝日新聞社広告局ウェブサイト @ADV」でもコラムを執筆しています。

プロフィール

上間常正

上間 常正(うえま・つねまさ)

1947年東京生まれ。72年東京大学文学部社会学科卒後、朝日新聞社入社。事件や文化などを取材し、88年から学芸部記者としてファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化女子大学客員教授としてメディア論、表象文化論など講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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