今年も1月中旬から、スイスのジュネーブでS.I.H.H.(国際高級時計サロン)が開催された。世界中から有力バイヤーが集まる見本市ではあるが、私たちプレスにとっては、新しいモデルの腕時計をいち早く取材する重要な機会となっている。
毎年このジュネーブサロンを訪れていると、「時代がどんな男性像を求めているのか」を腕時計の新作の傾向から推測する習慣が身についてきた。ミニッツリピーターやトゥールビヨンといったコンプリケーション(複雑機構)搭載の時計が重宝がられた2000年代初頭は、ハイスパートに数字を競うベンチャー起業家の時代と重なる。続いて人気を博したのは、ダイバーズウォッチだけどケースはピンクゴールド素材といった、ラグジュアリースポーツとくくられる腕時計。文字通り、タフで艶っぽい男が求められていることを象徴していたように思う。
それでは、今年のジュネーブサロンで発表された新作から推察した、「いま求められる男性像」とは。ずばり、エレガントな男である。落ち着いた品格と知性、そして華美ではないバランスのとれた優美さ。アグレッシブな男が理想とされたここ数年の趨勢からは、大きく舵が切られたように感じたのだ。
まず象徴的であったのは、エレガントな腕時計の頂点といってもいいカルティエのタンクに、いくつもの新モデルが登場したこと。「タンク アングレーズ」は、やや丸みを帯びたケースの縦枠にリューズを組み込んだ、モダンなデザインが特徴の新作。現行モデルに「タンク フランセーズ」や「タンク アメリカン」といった名品があるが、これらに続く新モデルとしてイギリスの名を持つ新作が登場したわけだ。これらは、カルティエ三兄弟が初期にブティックを構えた都市(1847年にパリ、1902年にロンドン、1909年にニューヨーク)にオマージュを捧げたコレクションである。
3代目当主であるルイ・カルティエをモデル名にした「タンク ルイ カルティエ XL エクストラフラット」は、アールデコの直線的な美しさはそのままに、5.1ミリという薄さを実現した新作。
名門ジュエラーとして名高いヴァン クリーフ&アーペルは、創業第二世代のひとりの名を冠した「ピエール アーペル」を発表した。エレガントを愛する彼が、1949年に自分自身のために作った丸型の腕時計がモチーフ。ダイヤル中央には、このブランドの菱形ロゴを想起させるハニカム状のギョーシェ彫りが施されている。
ピアジェにはエレガントな薄型時計のモデル「ピアジェ アルティプラノ」という人気シリーズがあるが、今年はこれに加えて新作の「グベナー」が登場した。丸型ケースでありながら、ベゼルのシェイプに変化が付けられて、フェースは縦長の楕円。個性的なデザインから、グベナー(統治者)という名に相応しい品格が感じられる。
腕時計は、男たちに許された数少ない装飾品のひとつ。ただ時刻を知るためだけに着けるのではなく、自らが思い描く理想の男性像をここに重ねてみるのもいいと思うのだが。
朝日新聞出版・新事業開発チームeditor at large兼 アエラスタイルマガジン編集長。
男性ファッション誌「MEN’S CLUB」や「GQ JAPAN」などの編集を手掛けた後、2008年4月の会社設立と同時に朝日新聞出版に入社。ニッポンのビジネスマンに着こなしを提案する季刊誌「アエラスタイルマガジン」を、クロスメディアで展開している。
2011年冬号 Vol.13