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ミラノ・サローネ2011(3) デザイナーを生かす街 

2011年4月21日11時56分

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写真:ガエターノ・ペッシェは、今年トリエンナーレ会場でインスタレーションを発表するなど、いまだに現役として精力的に活躍している。拡大ガエターノ・ペッシェは、今年トリエンナーレ会場でインスタレーションを発表するなど、いまだに現役として精力的に活躍している。

写真:どの有名ブランドもレセプションはおおにぎわい。このカルテルでは入場者数制限までしていた。拡大どの有名ブランドもレセプションはおおにぎわい。このカルテルでは入場者数制限までしていた。

写真:若干33歳の仏人デザイナー、オラ・イトーがシトロエンの未来カーを発表。パリのシャンゼリゼにあるトヨタショールームも手がけた。拡大若干33歳の仏人デザイナー、オラ・イトーがシトロエンの未来カーを発表。パリのシャンゼリゼにあるトヨタショールームも手がけた。

写真:COSMITとシトロエンとモンテナポレオーネ商店街のコラボレーション。通りの端から端まで若手デザイナー作品を展示していた。拡大COSMITとシトロエンとモンテナポレオーネ商店街のコラボレーション。通りの端から端まで若手デザイナー作品を展示していた。

写真:トルトーナ地区にあるステラ・マッカートニー・ギャラリーを借りてのエル・デコYoung Talent展。こういった新人発掘のための活動がフォーリ・サローネの真骨頂。拡大トルトーナ地区にあるステラ・マッカートニー・ギャラリーを借りてのエル・デコYoung Talent展。こういった新人発掘のための活動がフォーリ・サローネの真骨頂。

写真:モローゾから新作「MOON」を発表した吉岡徳仁氏。モローゾは斬新な家具メーカーとして世界的に有名だが、そこのショールームは彼1人のための発表の場となっていた。拡大モローゾから新作「MOON」を発表した吉岡徳仁氏。モローゾは斬新な家具メーカーとして世界的に有名だが、そこのショールームは彼1人のための発表の場となっていた。

写真:ミラノの日本人デザイナー達が知人の外人デザイナー達に声を掛けて、東日本大震災のためのCharity Box展を実現。短期間に54ほどの作品が制作され持ち寄られた。(写真は伊藤節&志信氏)拡大ミラノの日本人デザイナー達が知人の外人デザイナー達に声を掛けて、東日本大震災のためのCharity Box展を実現。短期間に54ほどの作品が制作され持ち寄られた。(写真は伊藤節&志信氏)

 ミラノ・デザイン・ウイークは、サローネ(見本市)が開く前夜から始まります。見本市の会期中は毎夜必ずどこかのメーカー・ショールーム、デザイン・イベント会場でレセプションが開かれ、関係者やメディアが集まって夜半まで人並みがとぎれることがありません。とりわけ見本市初日の夜は同時に170ほどのパーティーが開かれ、主だったところだけでもとても見終わることができないほどです。

 レセプションは新作を真っ先にそこで見ることができる、趣向をこらした飲食を楽しめる、などのほか、デザイナー自身が新作を語る場となるので、デザイナーに会う、見る、大きなチャンスでもあるのです。たとえば個性的な家具を多く作り出しているメリタリアのパーティーに行けば、71歳にしてなお意気軒高なガエターノ・ペッシェに出会えるというわけです。

 ミラノが「デザインのメッカ」とも言うべき存在になったのは、ここに業界のトップを走るデザイナーが世界中から集まってくるからです。ミラノではデザイナーは人気者です。デザイン性に気を遣うショップであれば、商品が誰それのデザイナーによるものだという説明をつけてくるほどで、メーカー自身をブランドとするフランスと、そこが少し違うと思います。そういったミラノを作り出した立役者であるデザイナーたちが、なぜミラノを特別視するのか、なぜミラノで仕事をしたがるのか、その理由を次にあげてみます。

・ファッションとも相互に影響し合い、デザインに対する社会的認知度が高い

・モデラー(模型制作者)の存在など、プロトタイプをつくる環境が整っている

・近郊にデザインを採用してくれる中小製造業が数多く存在する

・世界的に発信力があるデザイン誌を出す出版社が多くある

・デザイナーをプロモートする広報宣伝を行うエージェントが多くいる

・世界中のバイヤーがデザインを買いに来るサローネ見本市の存在

 このごろはずいぶん変わってきましたが、特に以前は完成度の高いプロトタイプを作るモデラーがいることが大きな要因でした。他の理由は他都市でも何とか可能だったかと思いますが、この人的要因はそう簡単に実現できません。なぜそれが重要かというと、日本では製品化されたものをデザインとしますが、イタリアではコンセプト、アイデアの段階でもデザインなのです。 家具メーカーも多くの場合(特に斬新な発想のものは)最初から在庫を持って出品するのではなく、プロトタイプとしてバイヤーに見せ受注数によって量産化に入るという手順を取ります。そのためにはデザイナーの企図するところを正確に実現できるモデラーが必要なのです。

 またデザイナーが企業内にいる日本と違って、イタリアはほとんどがフリーランスで企業とはその都度契約で仕事をします。ということは突出した才能があれば、それまでメーカーの仕事をしていなくても自らのデザインを製品化させる、実現させる可能性が大きく開かれているということなのです。そしてこれまでは世界市場への輸出を図る中小メーカーがイタリアに数多く存在し、何らかの出会いに巡り合える機会が多くありました。最近は、圧倒的な製造業国として中国が世界市場進出してきたことによって、相対的にその機会は減りつつありますが。

 そんなミラノにデザイナーが夢を持って集まってくるのは当然と言えます。しかもプロ同士お互いの実力を批評し合って切磋琢磨できる環境は、志を持つ者にとってはとても魅力的なはずです。しかしこのごろは残念なことに、そんなデザイナーたちがお互いにアイデアを出し合い刺激し合う牧歌的な関係が崩れ始めているように見えます。企業のコマーシャリズムに消費されていくだけのデザインは、「サテリテ(サローネ見本市での若手デザイナー発表の場)」が今や新しいコンセプトやアイデアの提示の場ではなく、商品化してくれるメーカーを探す場となってきてしまっていることに、象徴的に表れています。グローバリゼーションとともにミラノがデザイン村ではなく、世界の製造業の一コマとして組み入れられてしまったからでしょうか。(船曳鴻紅=ふなびき・こうこ)

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