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2012年11月19日10時50分
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ヴィトンがつなぐ 気仙沼カキの未来

写真:再建した加工場で従業員とルイ・ヴィトンのイヴ・カルセル本社会長(左から5人目)拡大再建した加工場で従業員とルイ・ヴィトンのイヴ・カルセル本社会長(左から5人目)

写真:とりたてでみずみずしい気仙沼のカキ拡大とりたてでみずみずしい気仙沼のカキ

写真:ルイ・ヴィトンのパトリック5代目当主(右)と共にブルターニュのカキ養殖場を視察する畠山氏(右から2人目)拡大ルイ・ヴィトンのパトリック5代目当主(右)と共にブルターニュのカキ養殖場を視察する畠山氏(右から2人目)

写真:「森は海の恋人」が植林した森。24年間で約4万本、14ヘクタールに及ぶ拡大「森は海の恋人」が植林した森。24年間で約4万本、14ヘクタールに及ぶ

■50年前、仏の危機救った縁で

 【高橋牧子】ファッションブランドによる東日本大震災の復興支援が、今も様々な形で続いている。なかでもユニークなのは、日仏のカキ養殖業者の絆をもとに、宮城県気仙沼市のカキ養殖を支えようとするルイ・ヴィトンの活動だ。気仙沼と仏ブルターニュのカキ養殖の現場を訪ねた。

 津波から1年8カ月。気仙沼市の西舞根(もうね)地区は流された住宅の跡が続き、高い木の枝に漁網が引っかかったまま。そんな中で、浜の突先の真新しいカキ加工場では、鮮やかなスカーフを頭に巻いた女性ら約30人が笑顔でカキを仕分けていた。「まず食べてみて」と自慢げにすすめられたカキは、ぷっくりとして芳醇(ほうじゅん)な海の香りがした。

 約50軒あった集落は数軒を除いて全壊。この水山養殖場も、加工場や機械、船8槽、収穫中のカキの筏(いかだ)70台などを失った。被害総額は2億円以上。「自力の再建はまず無理だった」と代表の畠山重篤さん(69)は語る。支援話はいくつかあったが、メーンに選んだのはルイ・ヴィトンからの申し出だった。

 畠山さんは、森に落葉樹を植え養分を海に循環させて環境保全を行うNPO法人「森は海の恋人」の活動を続けてきた。ルイ・ヴィトンが支援を決めたのは同社も森林保全活動に力を入れていて、かつて宮城県産カキがフランスのカキの危機を救ったことがあるからだ。同社にとって、日本が世界で最も古く大きな市場のひとつだったせいもある。支援は3年間。資金の使途にも限定がなかった。

 さっそく施設を再建できたが、「何より助かったのは、仲間がまた仕事ができるようになったこと」と畠山さん。畠山さん自身も母を津波で亡くした。大事な人や家を失い途方に暮れていた人たちが、未来への希望をつなぐ場が必要だった。仮設住宅から通う女性は「やはり海の匂いを嗅がないと力が出ない」。既に収穫を2回終え、あと1年順調に水揚げできれば再建が軌道に乗るという。

 畠山さんは10月初旬、パトリック・ルイ・ヴィトン5代目当主の紹介で、仏ブルターニュのカキ養殖業者を訪ねた。約50年前に当地のカキが流行病で壊滅的な被害を受け、宮城から送られた種カキで復活した。現地のカキ養殖協会会長は「カキはフランスの伝統であり文化。宮城の恩は忘れていない」と畠山さんを励ました。

 畠山さんは30年前にもここを訪れ、森と海の関係を強く実感したことがその後の森林保全活動の契機になった。ブルターニュの穏やかな海を見つめながら畠山さんは語った。「気仙沼の本当の復興までは、あと30年はかかる。でも、津波で作れなくなったブロン(ヨーロッパヒラガキ)は、早々に出荷してみせますよ」

 11日、初めて気仙沼を訪れたルイ・ヴィトンのイヴ・カルセル仏本社会長は、「地域の伝統を大事に、物や金だけではない、形のない物を次世代に継承していこうとする活動は、私たちのブランド姿勢に通じる。今後も各地で、未来を見て進んでいくような様々な支援を続けたい」と話した。

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