フェニーチェ2005年5月大津・東京公演

フェニーチェ歌劇場復活


不死鳥、日本に舞う
フェニーチェ歌劇場復活

イタリア・ベネチアの名門オペラハウス、フェニーチェ歌劇場が火災による壊滅的被害を乗り越え、8年ぶりによみがえった−−。

再建に8年、満を持して

水に浮かぶベネチアの街並み写真

水に浮かぶベネチアの街並み

 ベネチア中心部サン・マルコ広場のほど近く、迷路のように複雑な通りを何本か抜けると、小さな広場にたどり着く。その広場に隣接し圧倒するかのように、フェニーチェ歌劇場が堂々とした姿を現す。
 正面入り口の不死鳥をかたどった飾りなど、音楽雑誌でみる昔ながらのたたずまい。96年1月の火災で壊滅的な被害を受けたが、幸運にも外壁は焼け残っていた。
 取材に訪れたのは2004年4月。あたりは静かなたたずまいを見せていた。観光客が時折、記念撮影をして通り過ぎる。ベルディの「アッティラ」、ビゼーの「真珠とり」の公演ポスターが目に付いた。共に来年の日本公演(東京、滋賀)の演目だが、当地では再建が進むこの歌劇場ではなく、別の劇場での上演だった。
 11月のこけら落とし公演を控えて、まだ深い眠りについているのだろうか。そんな印象を持ちながら、運河に面した歌劇場裏側へと回ると、そこは、鉄骨が組まれた工事現場だった。
再建工事中のフェニーチェ歌劇場写真

再建工事中のフェニーチェ歌劇場

 「水の都」ベネチアでは、外部で制作されたオペラの大型装置を水運で搬入する。その搬入口や事務所など、普段、観客が目にすることのない「心臓部」の工事が急ピッチで進み、日一日と歌劇場に血が通っていた。
 後日、建物場内に入る機会を得たが、「世界一」とたたえられたネオ・バロック様式の内装は、焼失前の写真などを手がかりに、その美しさを取り戻していた。
 30年以上歌劇場の合唱団で歌っているエジーディア・ボニオーロさん(57)は「小さな装飾がちりばめられた、かわいいボンボン入れの中で歌っているような雰囲気。音が均等に届くのが特徴ですが、響きは以前よりもよくなりました」と感慨深げだ。
 内装工事をほぼ終えた昨年12月には、再建記念コンサートがあったが、最初の国歌演奏から涙があふれたという。今は「もうすぐ私の居場所が戻ってくる」、そんな気持ちでいっぱいだ。
 市内のマリブラン劇場であった「真珠とり」の公演でオペラファンから話を聞くと、歌劇場の関係者だけでなく、地域の人たちに、いかに愛されていたかが伝わってきた。この40年、かかさずフェニーチェの公演に足を運んでいるというジュゼッペ・ポーリさん(83)は再建工事について「火災で心を痛めたが、非常にいい仕事をした」と大いに満足している。マリア・チバレスさん(65)は「こんなに待ったのだから、こけら落とし公演の『椿姫』は絶対に行きます。私はフェニーチェがなければ生きられないの」。

内装復元、写真手がかり

再建されたフェニーチェ歌劇場の内部写真

再建されたフェニーチェ歌劇場の内部=いずれも同劇場提供

内装の塑像を復元する仮面職人のゲリーノ・ロバートさん写真

内装の塑像を復元する仮面職人のゲリーノ・ロバートさん=イタリア・ベネチア市内で

 女神が舞う水色の天井画や、ネオ・バロック様式の金色を基調にした装飾――。フェニーチェ歌劇場の象徴でもあった「世界一美しい」内装がよみがえった。
 再建工事は「元あった場所に、元のように」という理念が貫かれた。劇場のロビーや広間には黒ずんだ壁や、くすんだ装飾が点在している。幸運にも焼け残った部分は生かし、シャンデリアの小さなガラス玉まで、取り込める限り活用した。 劇場装飾の資料がほとんど残っていなかったため、復元には、焼失前の写真やビスコンティの映画「夏の嵐」が参考となった。
 市内の仮面職人ゲリーノ・ロバートさん(46)は、ツタが絡まるようなイメージの客席のレリーフの型、女神像やキューピッドの彫刻を制作した。「内装は完全に破壊され、修復ではなく復元作業だった。19世紀の優雅なスタイルをつくるのが難しかった」。約1年間、毎日10時間、日曜日もクリスマスも働いた。天井画はイタリアの名高い背景画家が手がけるなど、再建は芸術家や職人たちの共同作業で成し遂げられた。

数々の傑作、初演の舞台

 フェニーチェ歌劇場は1792年に建設された名門オペラハウス。オペラ発祥の地イタリアの歌劇場のなかにあって、その名を不滅のものとしているのは、新作上演に取り組む意欲的な姿勢だ。
 この歌劇場で初めて演じられ、現在、傑作オペラとして世界各地で上演されている作品は少なくない。
 とりわけベルディとのつながりが強く、「エルナーニ」「アッティラ」「リゴレット」「椿姫」「シモン・ボッカネグラ」の5作を初演した。ロッシーニでは「タンクレディ」「セミラーミデ」がある。ストラビンスキー「放蕩(ほうとう)者のなりゆき」、ブリテン「ねじの回転」など20世紀を代表するオペラも初演した。
 また、度々火災に見舞われてきた歴史も持つ。焼失した劇場を受け継いで建設され、「フェニーチェ」という名称は、500年に1度、灰の中からよみがえるアラビアの不死鳥にちなんで名付けられた。
 1836年12月に火災で全焼したが、翌37年には再建された。以後、栄光の時代を迎えることになる。再建に8年もの歳月がかかった今回は、満を持してはばたく不死鳥が「椿姫」を皮切りにどんな輝きをみせてくれるだろうか。

(写真はいずれもフェニーチェ歌劇場提供)
(2004年9月28日・10月11日の朝日新聞に掲載された記事を元に構成しました)

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