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再建に8年、満を持して
正面入り口の不死鳥をかたどった飾りなど、音楽雑誌でみる昔ながらのたたずまい。96年1月の火災で壊滅的な被害を受けたが、幸運にも外壁は焼け残っていた。 取材に訪れたのは2004年4月。あたりは静かなたたずまいを見せていた。観光客が時折、記念撮影をして通り過ぎる。ベルディの「アッティラ」、ビゼーの「真珠とり」の公演ポスターが目に付いた。共に来年の日本公演(東京、滋賀)の演目だが、当地では再建が進むこの歌劇場ではなく、別の劇場での上演だった。 11月のこけら落とし公演を控えて、まだ深い眠りについているのだろうか。そんな印象を持ちながら、運河に面した歌劇場裏側へと回ると、そこは、鉄骨が組まれた工事現場だった。
後日、建物場内に入る機会を得たが、「世界一」とたたえられたネオ・バロック様式の内装は、焼失前の写真などを手がかりに、その美しさを取り戻していた。 30年以上歌劇場の合唱団で歌っているエジーディア・ボニオーロさん(57)は「小さな装飾がちりばめられた、かわいいボンボン入れの中で歌っているような雰囲気。音が均等に届くのが特徴ですが、響きは以前よりもよくなりました」と感慨深げだ。 内装工事をほぼ終えた昨年12月には、再建記念コンサートがあったが、最初の国歌演奏から涙があふれたという。今は「もうすぐ私の居場所が戻ってくる」、そんな気持ちでいっぱいだ。 市内のマリブラン劇場であった「真珠とり」の公演でオペラファンから話を聞くと、歌劇場の関係者だけでなく、地域の人たちに、いかに愛されていたかが伝わってきた。この40年、かかさずフェニーチェの公演に足を運んでいるというジュゼッペ・ポーリさん(83)は再建工事について「火災で心を痛めたが、非常にいい仕事をした」と大いに満足している。マリア・チバレスさん(65)は「こんなに待ったのだから、こけら落とし公演の『椿姫』は絶対に行きます。私はフェニーチェがなければ生きられないの」。 |
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内装復元、写真手がかり
再建工事は「元あった場所に、元のように」という理念が貫かれた。劇場のロビーや広間には黒ずんだ壁や、くすんだ装飾が点在している。幸運にも焼け残った部分は生かし、シャンデリアの小さなガラス玉まで、取り込める限り活用した。 劇場装飾の資料がほとんど残っていなかったため、復元には、焼失前の写真やビスコンティの映画「夏の嵐」が参考となった。 市内の仮面職人ゲリーノ・ロバートさん(46)は、ツタが絡まるようなイメージの客席のレリーフの型、女神像やキューピッドの彫刻を制作した。「内装は完全に破壊され、修復ではなく復元作業だった。19世紀の優雅なスタイルをつくるのが難しかった」。約1年間、毎日10時間、日曜日もクリスマスも働いた。天井画はイタリアの名高い背景画家が手がけるなど、再建は芸術家や職人たちの共同作業で成し遂げられた。 |
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数々の傑作、初演の舞台
フェニーチェ歌劇場は1792年に建設された名門オペラハウス。オペラ発祥の地イタリアの歌劇場のなかにあって、その名を不滅のものとしているのは、新作上演に取り組む意欲的な姿勢だ。
(写真はいずれもフェニーチェ歌劇場提供) |
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