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フランス発 獲れたてシャンパーニュ・リポート

世界を魅了するシャンパンはビオディナミの『ジャック・セロス』

2009年6月15日

  • 筆者 青木冨美子

写真アヴィーズにあるメゾンのワイン熟成庫写真固形の硫黄ペレットを手にSO2の説明を写真このカーブには20万本のストックが写真ぶどうのエキスそのもの『コントラスト2002』写真入手困難な『コントラスト』を手にアンセルム・セロス氏写真わずか1樽のみの『コトー・シャンプノワ』

■消去法で行き着いたところに“ルドルフ・シュターナー”あり

 訪問したかったメゾンであり、お目にかかりたかった生産者である。オーナーの名はアンセルム・セロス。初対面で親近感を感じたのは、映画『卒業』のダスティン・ホフマンの雰囲気と重なるものがあったから‥‥‥ファンだったので(笑)。

 「何が聞きたい?」とアンセルム氏。

 「昔から行われてきたことをやっているだけだが、環境を含めて多くのことが変化している今、すべてを同じやり方で行うわけにはいかない。過去のことは大事なので、そのなかで自分なりに新しい方法を模索している」とフランス語で語り始めた。通訳を介しても難解な単語が出てくるので電子辞書は手放せない状態だ。

 2006年にアンセルム氏が初来日した時、病床にあった四国・愛媛の福岡正信氏(※1)を訪問した話に触れ、「東洋的な思想だったが自分には合っていると感じた」と。自然農法に取り組んできた老齢の賢人から学んだことは“共存”、“ハーモニー”。「自然界では人間、動物、植物が共存しているが、人間の役割は自然を壊すのではなく、互いを共存させていくこと。均衡を保っていくことが大事だ。私がルドルフ・シュターナー(※2)の考えに行き着いたのも自然界のなかで自分の位置を消去法で探っていった結果だった」と述べていた。

 「シャンパーニュとは?」という問いかけに対しては「アイデンティティー」と即答。「生まれた個人を最も上手に表現する方法であり、その場所で生まれ育った者の自己表現。また、職人というのは精神と肉体を使って行動する者であり、頭の中で行動を細かく指示、仕切らなければならない」

■ぶどうジュースをそのままボトルに詰めて表現

 今までお目にかかってきた生産者とは明らかに異質のアンセルム氏。彼の基本は「なぜ?」。いつもこの言葉を自分に投げかけながら行動している。取材中、アンセルム氏が信頼する日本人女性の名が出た。ボーヌ在住の熊田有希子女史だ。帰国後、彼女に「彼から信頼される理由は?」とメールしてみた。「どんなに難しいことを話しても泣かずにめげないで理解しようとついてくるので好きなんだそうです(笑)。私も聞き直しても理解するまで根気強く説明してくれるアンセルムが大好きです」という返信が届いた。アンセルム氏の“人となり”が理解できる内容である。

 そんな彼が造るワインは単純明快。地中からの養分をしっかり吸い上げたぶどうジュースをそのまま瓶に詰めて表現しているからだ。

 「ビオのワインを飲むと疲れない、SO2が添加されていないから体に良い」という意見が流布していることについて質問した時、彼のワイン造りの姿勢がはっきり見えた。

 「(1)ラベルにビオと書いてある生産者のワイン、(2)造り手が畑のハーモニーを尊重しているワイン、に分けられる。前者はビオを売り物にしていることが多く、アンスゥイピッドInsipide(無味乾燥、つまらないの意味)。これはよく見極めなければダメだ。後者はサピッドSapide(味のあるの意味)。人間は“見かけ”でごまかすことができる。その中身を知るには“人間性”を知らなくてはならない。ワインも同じで中身あるものにするためには“しっかりした土壌”が必要であり、今ある土壌になにをすべきかを考え、私はビオディナミ農法を取り入れた。その土地のぶどうの根が地中からミネラルを吸い上げてサピッドと言えるのだ。

 ただ、2001年ヴィンテージにSO2を使わなかったら酸化がひどくなった。ぶどうジュースにSO2を入れないことでワインが病んでしまったら罪なことであり、それで病気の子供にほんの少し手当てをするのと同じように2001年にはSO2を使った」と。

■ぶどうのエキスが詰まった『コントラスト2002』

 分厚い彼の手の先にあるのが固形の硫黄だ。これを燃やして使うのだが、使用法についてはエノログ安蔵光弘氏からわかりやすい説明をいただいた。「ペレットはのどが痛い時に病院でくれるトローチのような形をしており、これを針金に引っ掛け、火をつけてから、樽の中にぶら下げます。硫黄は青い火を上げて燃えます。反応はS(硫黄)+O2(酸素)=SO2です。亜硫酸ガスを直接吹き込む方法や、亜硫酸を粉末状にしたものを加えるのに比べて、硫黄が燃える時に樽の中の酸素がなくなりますので、酸素をなくす効果もあるリーズナブルな方法といえます。ちなみにこの方法はジャック・セロス特有のやり方ではなく、世界中で行われています」

 メゾンの地下にある天井の低いカーブには20万本のワインがストックされており、ここから200メートル離れた場所にも11万本分のワインがストックしてあるそうだ。将来、カーブの上にホテルを建て、レストランをする構想もあるそうなので、『ジャック・セロス』ファンには聞き逃せないうれしいニュースかも知れない。

 「何が飲みたい?」

 「日本ではなかなか飲めないものを」

 短い会話の後、アンセルム氏は数本のワインを小脇に抱え1階へ。目の前には『コントラスト』やアヴィーズの『コトー・シャンプノワーズ』などの希少ワインが。

 特に印象的だった2本。1本目は『コントラスト2002』、香りと味わいの印象が対照的なので名付けたワインで、総生産量2000本にも満たない。2002年ヴィンテージは画像からもわかる気泡の細やかさ、黄金の色調。そしてカリンや蜂蜜のような甘やかな香り、口中ではドライでボリューム感と複雑味があり、ぶどうのエキスをそのまま飲んでいるような印象だ。凝縮感があり、余韻も長い。これこそアンセルム氏が語っていた“地中からバクテリアを介してミネラルを吸収して生まれたワイン”。

 もう1本はシャンパーニュ地方で造られる非発泡性の『コトー・シャンプノワ2002』。アンボネイのピノ・ノワールから造った赤い果実たっぷりの魅力的な逸品は、自分たちがたのしむためだけに造っているわずか1樽(300本程度)のみの特別のワイン。アンセルム氏は「石灰質土壌由来のエレガンスな味わい、甘草のニュアンスがある」とコメントしていた。

 『ジャック・セロス』のシャンパンは世界中から引く手あまたなので、入手に苦労するが、確実に手にすることができるとすれば、それはパリのワイン・ショップ『LAVINIA』だろう。自然派ワインの品ぞろえも多く、地下のシャンパン売り場のアイテムは素晴らしく充実している。パリを訪問するような機会があれば是非のぞいてみてください。

※1:愛媛伊予生まれの自然農法の先駆者

※2:旧オーストリア帝国出身の人智学者

    ◇

【お薦めシャンパン】

  • ジャック・セロス グラン・クリュ・ブラン・ド・ブラン・ブリュット
  • 同 エクストラ・ブリュット
  • 同 ブラン・ド・ブラン・ブリュット・ヴィンテージ
  • 同 ブリュット・ロゼ
  • 同 ブラン・ド・ノワール・ブリュット・コントラスト
  • 同 ブラン・ド・ブラン・ブリュット・サブスタンス
  • 同 セック・エクスキューズ

プロフィール

青木冨美子(あおき・ふみこ)

NHK、洋酒メーカーを経て、現在フリーランス・ワインジャーナリスト
2009年5月シャンパーニュ騎士団「シュヴァリエ」受章
ワイン本の執筆や監修、企業向けのワイン講師。『昭和女子大学オープンカレッジ』、『ホテルオークラ ワインアカデミー』、『エコール・プランタン』専任講師
1999年3月から2006年3月まで(社)日本ソムリエ協会理事。2003年3月から2009年3月まで、機関誌『Sommelier』の3代目編集長として活動。
著書に『おいしい映画でワイン・レッスン(講談社)』、執筆協力『ワインの事典(柴田書店)』、監修『今日にぴったりのワイン(ナツメ社)』など。2008年11月にリリースした『映画でワイン・レッスン(エイ出版社)』好評発売中!

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