2009年6月19日
包容力のあるブラン・ド・ノワールの逸品「ヴィエイユ・ヴィーニュ」
メゾンの前にあるピノ・ノワール畑
栓のまわりのぬれ方でM.L.F.の進み具合をチェック
耳を寄せているのはM.L.F.の音の確認なんです!
「新樽を使うのはワインに呼吸させるため」とフランソワ氏
CIVCで活躍するフィリップ・ウィブロット広報宣伝部長
■細部にわたる作業への目配り
シャンパーニュ地方の最後の訪問先はアンボネイ村にあるレコルタン・マニピュラン(※1)『エグリ・ウリエ』だ。到着早々、当主フランソワ・ウリエ氏から「ジャック・セロスのところに忘れたものはない?」と聞かれ、一瞬の空白が! 同行者のひとりがお土産を入れた袋を置き忘れてきたことに気がついた。隣組の仲良しとは言え、それをわざわざ運んできてくれたアンセルム・セロス氏を思い、思わず苦笑。その間、人なつこい目をしたフランソワ氏をマン・ウオッチング! 私の大のお気に入り『ブラン・ド・ノワール(※2) グラン・クリュ・ヴィエイユ・ヴィーニュ』を初めて飲んだ時の、あの“包み込む優しさ”に通じるものを感じた。造り手の個性は確実にワインに反映している!
フランソワ氏はメゾンの前のグラン・クリュ畑の傍らに立ち、「現在70区画所有しているが、畑はモザイク状に散らばっており、ここはピノ・ノワールの畑(15アール)で真南に向いている。幸いなことにぶどう畑は日当たりに恵まれている。グラン・クリュ畑は全部で9.7haあり、内訳はシャルドネが2ha、ピノ・ノワールが7.7ha。表土は粘土石灰質だが、アンボネイ村だと地表から20センチ下がすぐに石灰質。一方、ブージー村だと1メートルほど下でないと石灰質土壌には行きあたらない。これらがテロワールを反映する要因になっている。ピノ・ムニエはブリニーに2ha(プルミエ・クリュ)所有しており、『レ・ヴィーニュ・ド・ブリニー』を造っている。特別なことはしていないが、細部にわたる作業に目配りはしている」と語った。
■M.L.F.をするかしないかはヴィンテージ次第
『ローラン・ペリエ』のシェフ・ド・カーブであるミッシェル氏や『デュバル・ルロワ』のルロワ夫人らが断言していたのと同様に、フランソワ氏も2008年ヴィンテージには高い評価を下している。特筆すべきは、“酸の高さ”である。「M.L.F.(※3)に賛成か反対かは聞かないで欲しい」と前置きしながら、「M.L.F.への規定はなく、ヴィンテージによって行うかどうかを決めている。過去、酸味の少ない年が多かったのだが、2008年は酸味が強いのでM.L.F.を行うことに決めた。ステンレスタンクと木樽での発酵は半々。うちでは発酵に時間をかけるので、それが今(3月末)やっと終わったばかりだ」とフランソワ氏。この後の会話にも「発酵に時間をかける」というフレーズが何度も出てきた。時間をかける理由、それは「ワインをなるべく自然のままにしておきたいから」だそうだ。
樽貯蔵庫の室温は15度。発酵が終わったワインにM.L.F.を促すために部屋を温かくしている。M.L.F.が始まったかどうかは木樽の栓の回りのぬれ方がポイント、画像にあるような湿り具合が目印だ。実際には樽に耳を近付けて中の音を聞けばすぐわかる。「聞いて!」と言いながらフランソワ氏が見本を示してくれた。早速に体験。波の音のような印象だった。すでにM.L.F.が始まっているシャルドネと、そうでないシャルドネの双方を利き比べてみた。後者には明らかにピチピチ感があり、最後にしっかりした酸味が残る。ただ、ぶどう自体、熟度が高いので、酸が強くてもぶどうの甘さを感じた。片や、M.L.F.進行中のワインは酸味が柔らかく、味わいにもまろやかさが出ている。
■古樽ではなく、新樽を好む理由
樽の使用に関するフランソワ氏の持論は「ワインの熟成を妨げるから古樽は使わない。新樽は酸素を入れるために使っている。ワインは生き物なので呼吸をさせてあげたい」。
最後のテイスティングは地下の奥まった一角で。目の前の樽は究極の赤ワイン『コトー・シャンプノワ』、世界的にも評価が高く、日本でも人気の高いワインである。作柄が良い年の新樽使用率は20%、ドミニク・ローランの樽を使って仕込んでいるそうだ。フランソワ氏は2008年ヴィンテージを「ベリー系の果実風味で、若いけれどタンニンが繊細でなめらか」と解説。同2007年ヴィンテージについては「フィネスがあり、ブルゴーニュより酸味がある。自分としてはシャンボル・ミュズニーのイメージ」と語っていた。
年間生産量10万本、セラーにストックしてあるのは50万〜60万本。3〜4年寝かせないとテロワールが表現できないので故意にストックしているそうだ。取材中、何度も出てきたフレーズ「発酵に時間をかける」と同じく、カーブでも長い瓶熟期間を必要としている。レコルタン・マニピュランの雄『エグリ・ウリエ』の旨さの秘訣のひとつはここにあった。
ステンレスタンクのみを使い、フレッシュさやフィネスを大事にしている『ローラン・ペリエ』、樽使いのベテランメゾン、ただし、新樽は一切使わない『ボランジェ』、そして古樽は使わず、新樽の木目から得られる酸素を有効に生かす『エグリ・ウリエ』など。
今回、シャンパーニュ地方の五つのメゾンをリポートしてきたが、各メゾンともそれぞれ個性にあふれ、独自のスタイルを生かした造りをしている。当リポートが読者の皆様のお役にたてば幸いです。ありがとうございました!!
■最後に、CIVCに感謝を込めて……
シャンパーニュ取材に関してエペルネに本部を置くシャンパーニュ委員会(CIVC)にご尽力いただきました。同機関はマーケティング活動のみならず、ぶどう栽培や醸造などの研究・分析でも精力的な活動をしています。環境問題、CO2削減が叫ばれている昨今、ボトルの軽量化や剪定後のぶどう樹のリサイクル、代替栓の取り込みなどにも積極的に取り込んでいます。フィリップ・ウィブロット広報宣伝部長のサポートで手際良く行動をすることできました。改めて御礼申しあげます。
※1:ぶどう栽培から瓶詰まですべて自社でまかなう生産者
※2:黒ぶどう100%で造るシャンパン。同メゾンのヴィエイユ・ヴィーニュはピノ・ノワ―ル100%
※3:Malo−Lactic Fermentation(マロラクティック・ファーメンテーション)=M.L.F.。アルコール発酵後、ワイン中に含まれるリンゴ酸(Malic acid)が、乳酸菌の働きで乳酸(Lactic acid)に変化する現象。M.L.F.により、ワインの酸味はソフトになり、味わいはまろやか、複雑味も増す。
◇
【お薦めシャンパン】
NHK、洋酒メーカーを経て、現在フリーランス・ワインジャーナリスト
2009年5月シャンパーニュ騎士団「シュヴァリエ」受章
ワイン本の執筆や監修、企業向けのワイン講師。『昭和女子大学オープンカレッジ』、『ホテルオークラ ワインアカデミー』、『エコール・プランタン』専任講師
1999年3月から2006年3月まで(社)日本ソムリエ協会理事。2003年3月から2009年3月まで、機関誌『Sommelier』の3代目編集長として活動。
著書に『おいしい映画でワイン・レッスン(講談社)』、執筆協力『ワインの事典(柴田書店)』、監修『今日にぴったりのワイン(ナツメ社)』など。2008年11月にリリースした『映画でワイン・レッスン(エイ出版社)』好評発売中!
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