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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

愛するワインたちの“お引っ越し”

2007年04月19日

 この間の日曜のことだ。たまたま空を見ていたら、「地震雲」を発見した。地震の直前に現れるといわれるこの雲は、渦巻き状だったり線状だったり、いくつかのパターンがあるが、この時見たのはきれいな三本線だった。「今日、きっと地震がくるよ」と私は一緒にいた友人に言ったが、「へぇ」と聞き流された。しかしその日の午後、三重県にM5.4のわりと大きい地震がきた。予言的中。件の友人から「本当に起きたので驚いた。地震の前触れを知るコツをぜひ教えてほしい」というメールが届いた。

イラスト(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第2巻(週刊モーニング連載中)

 何を隠そう私は、地震予知のマニアでもある。なんでそうなっちゃったかといえば、ワインのせいだ。グラリと来て、ガシャンと瓶が割れたら、高級ワインも一巻の終わり。ワインマニアにとって、げに地震ほど恐ろしいものはないのである。

 ワインをこよなく愛する私は、さまざまな地震予知研究機関や地震予知サイトの会員になり、大地震が来る前に予知情報を入手できるよう心がけている。ところが忘れもしない2年半前、会員になっている地震研究機関から「近々、東京に大型地震の可能性あり!」という情報が流れてきた。

 当時我々姉弟は、セラーに収まり切らなくなった大量のワインを収納するため、築40年の木造安アパートの一室を共同で借りていた。部屋の壁に勝手に断熱材を張り付け、ワインの棚を設置し、空調機をつけっ放しにして室温を16〜18度に保ち、ワインを寝かせて「セラー」がわりにしていたのだ。我々姉弟の家は歩いて6、7分の距離にある。このセラー部屋は互いの家から近く、家賃も安くて便利だったのだが、建物がボロくて脆弱(ぜいじゃく)なのが難だった。大地震が来たら、恐らく最初のひと揺れで、アパートごとペシャンコになるだろう。そうなったら我らが愛すべきワインたちはどうなるのか?

 必死の思いで手に入れたボルドーのグレートイヤー・2000年のCHムートンやCHマルゴーは?考えるだけでゾッとした。弟も「あの部屋のワインがみんな割れたら、ショックで髪の毛が真っ白になる」と、戦々恐々だ。なんとか大地震が来る前に策を講じなくてはならない。我々はついに、前代未聞の「ワインのお引っ越し」を決行することにした。

 引っ越し先を探すにあたって、不動産屋には「地震が来てもビクともしないマンションを探してくれ」と頼んだ。すると運良く「ご近所にちょうどお手頃な物件があります」と言う。家賃はボロアパートの倍以上したが、ワインが地震で割れるよりはマシだ。それに我々姉弟は、数万円もするDRCなどの高級ワインを折半で買って、お互いの金銭的負担を軽減してきた。高い家賃も折半すれば、たいしたことはない。とにかく急げということで、即刻手付金を払い、大量のワインを運ぶため4人の学生アルバイトを雇った。

 あの引っ越しの光景を思い出すと「本当に大変だったなぁ……」としみじみしてしまう。一番参ったのは、古アパートの部屋の壁に張っていた断熱材をはがすと、下にびっしりカビが生えていたことだ。これは加湿器をかけ続けて、湿度60%台をキープしていたのが原因である。ワインを寝かせる際は、温度管理はもちろんだが湿度管理も大事なのだ。湿度が低すぎるとコルクが渇いて縮んでしまい、そこから酸素が入り込んで劣化の原因になる。だからフランスのシャトーの地下セラーなどはだいたいカビ臭いのだが、ここは一応アパートである。壁をカビだらけにしたのは、やはりマズかった。アルバイトたちはこのカビを吸い込んで気分が悪くなった上に、1000本ほどあるワインのストックを車で何往復もして運び出したため、引っ越しが終わる頃は皆、口もきけないほど疲れきっていた……。

 結局カビた壁は我々の負担で張り替えることになり、ワインのお引っ越しは、手間もカネも恐ろしいほどかかった。しかもその後、恐れていた大地震が来たかといえば、何も起こらなかった。「地震予知は占いよりも当たらない」と弟はずっとブツブツ言っていた。

 でもこの建物、低層で堅牢(けんろう)極まりない上に鍵も2コついていて、やはり安心である。我々のワインたちはもう二度とお引っ越しをすることなく、ここに住み続けるだろう。

 ちなみに『神の雫』に登場する本間長介の部屋は、我々のこの「セラー部屋」がモデルになっている。ワインおたくの本間長介は、実は、我々姉弟の分身でもあるのだ。

■今回のコラムに登場したワイン

  • CHムートン 
  • CHマルゴー 

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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