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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

ワインの“謎解き”から生まれた『神の雫』

2007年04月26日

 ボルドー・ワインならカシスやミントの香り、ブルゴーニュ・ワインならイチゴ、サクランボなど、ワインにはそれぞれの味わいや香りを表現するための「用語」がある。これらの表現用語は、何と5000種類もあるのだそうだ。

イラスト(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第6巻(週刊モーニング連載中)

 世界的なワイン評論家のロバート・パーカーJr.は、ソムリエが使う一般的用語とは一味違った、独特のワイン表現を使いこなす。例えばグラーヴ地区で造られるワインは、薫製の煙のような香りが特徴だが、これらのワインを表現する時、氏は「たばこ」「葉巻」「スモーキーなオーク」「薫製にした鴨(カモ)」といった言葉を使う。いずれも独創的だが、率直な表現でわかりやすい。さすがはパーカーさん、である。しかしこの独創性が災い(?)して、わかりにくくマニアックな言い回しになっている場合もある。彼の著書を読むと「灰皿」「パリパリしたサヤエンドウ」「細かく砕いた小石」「ローソク」、さらには「溶けたアスファルト」(!)と、シロートにはほとんど解読不能な表現も少なくない。

 「パーカーさんはそう言うけど、小石のニオイをかいだ人とかって、いるのかなあ?」 パーカー氏の表現についてああだこうだと論じながら弟とワインを飲んでいた時、彼がふと、そんな疑問を口にした。

 「いないでしょう。でもそれより、灰皿の香りなんていわれても、ちっともおいしそうじゃないと思わない?」と私は言った。

 「そうそう、ゲッと来るよな。そんなんより、飲んだ時に感じるイメージや世界観を表現したほうが、おいしそうな感じが伝わるぜ」

 その通りだ、と私も思った。では余興でやってみようかということになり、その時飲んでいたサンテミリオンの『シャトー・ルシア』のイメージを互いに言い合ってみた。

 「ウン、これは女性的なワインだ」と弟。「黒い髪、大きな黒い瞳の東洋の女って感じ。で、彼女が手に持っているのは……」「珈琲(コーヒー)かな」「そうそう、エスプレッソ」。やり始めると面白く、盛り上がってきた。驚いたのは、ワインに対して描くお互いのイメージが非常に似ていることであった。何度かこの余興をやってみたが、例えば弟が「女」と感じたワインを私が「男」と感じるといったことは、一度もなかった。恐らくそれぞれのワインには背後に広がる“世界”とでもいうべきものがあり、飲めば誰しもがその世界を、ある程度感じ取れるのではなかろうか。

 そしてある時、弟がこう言い出した。「ねえ、ワインのイメージを絵で表現したら、新しいワイン漫画ができるんじゃない?」確かに、イメージを絵で描けば、ぬれた小石とか溶けたアスファルトなどという表現より、ワインのおいしさをわかりやすく伝えられる。多少「飛んだ」漫画になるかもしれないが、それはそれで面白いかもしれない。

 ワイングラス片手に、2人で少しずつ企画を練り始めた。

 「例えばシャンボール・ミュジニーは陰性のワインだよね。森のような静けさがある」「そうそう、人気のない森に主人公が踏み入っていくと、そこに美しい泉があって……」

 ワインの謎解きのようなこの作業が、『神の雫』の原点になった。連載をスタートさせる、1年ほど前のことである。

 

■今回のコラムに登場したワイン

  • シャトー・ルシア 

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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