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『神の雫』のワイン表現は、子ども時代の遊び体験から2007年05月03日 ちかごろ電車の中やファミレスやらで、子どもたちがゲーム機をいじっている姿をよく見かける。時々データ交換などもやっていて、見るからに楽しそうだ。あんな遊び道具が子どもの頃にあったら、私や弟もきっと夢中になったに違いない。今の子どもたちはこういうすぐれモノのゲーム機もあるし、携帯メールもあるし、やることがなくてヒマをもてあますことなど、ないのかもしれない。
私や弟が子どもの頃は、今のような面白いゲームは全然なかった。ビデオもDVDもなかったし、テレビはあったが明治生まれの祖父母や両親がチャンネル権を支配していて、子どもの自由にはならなかった。だから我々はしょっちゅうヒマを持て余していた。やることがないので家にあるいろいろな本を読んだり、古いレコードを聴いたり、親と一緒に昔の映画を見たりして暇つぶしをしていた。(ちなみに我々は塾にも行かなかったし、勉強は宿題くらいしかやらなかた……)。 家にある本の中で一番好きだったのは美術図鑑である。母が若いころ、油絵を描いていたので、けっこう立派なものがそろっていたのだ。印象派のルノアールやモネの絵は奇麗で繊細で、ルソーの絵はとても不思議だった。ゴッホは、自分で耳を切ったというエピソードが強烈に印象に残っていた。そのせいか美しい絵なのに、どこか怖い感じがした。 また我々は、よく外でも遊んでいた。当時はまだ「空き地」があって、近所の子どもたちが集まるともなく集まり、日が暮れるまで遊んでいたのだ。最近では、子どもが遊ぶ場合は危険防止のため親が同伴しているが、昔は親なんていなくて、代わりに近所のお年寄りが子どもたちを遠くから見守ってくれていた。だから子どもたちは安心してノビノビと遊ぶことができた。我々姉弟は、そんな近所のお年寄りにとても可愛がってもらった。向かいの家に住んでいたお婆ちゃんは、花や樹木の名前を教えてくれたり、遊びに行くとおやつに甘いものをくれたりした。だから今時の若者より、我々は樹木の名前をよく知っている。社会の弱者としてだけ見られがちなお年寄りの、本当の優しさや、すごさも知っている。 こうした幼少時代の経験が、『神の雫』の世界に生かされている。遠峰一青が82年のシャトー・ムートン・ロートシルトを飲んで心に描いたミレーの「晩鐘」や、フランス人シェフがメゾン・ルー・デュモン「ムルソー」03年を飲んだ時に思い起こしたゴッホの「花咲くアーモンドの小枝」は、図鑑でよく眺めていた名画である。そして神咲豊多香が遺言状に描いた第三の使徒の「郷愁」の表現は、まさに昭和のよき時代に、近所の子どもたちが空き地でノビノビ遊んでいた光景である。 ワインを飲んで、味わいをイメージ化しようとする時、引き出されるのはその人間の記憶の中の光景しかない。もしも今の日本の子どもたちが大人になってワインを飲んだら、何を思い浮かべるだろう。それがゲームの中の光景だったら、お寒い話である。 子ども時代に貧しい遊びしか経験していない人間は、神の雫の登場人物たちのように、「イメージの翼を広げて」ワインを楽しむことなど、できはしないだろう。 ■今回のコラムに登場したワイン
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