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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

人間を幸福にするワインとは?

2007年05月10日

 『神の雫』は、韓国でも100万部を売り上げる人気作となったが、来年早々にはフランス語版も出版される。このフランス語版も、現地の出版社3社が名乗りを上げての競合となったそうで、どうやら前評判は上々のようだ。

イラスト(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第5巻(週刊モーニング連載中)

 もちろん、ワインの本拠地で「東洋から来た漫画」がどう評価されるのか多少の不安はある。しかし我々が出会ったフランスのワイン生産者たちはみんな素朴でおおらかで、葡萄(ブドウ)と畑をこよなく愛し、そしてワインのことを語りだすと止まらないワイン・ラヴァーばかりだった。きっと彼らは、この漫画を楽しく、興味深く読んでくれるに違いない。

 そんなことを書いていたら、フランス取材のことを思い出した。3年前、神の雫の連載が決まった時、ワインを飲むだけでなくワインの産地をしっかり取材せねばということで、我々は漫画家のオキモト氏とともにフランス・ボルドーのシャトーを訪ねることになった。ところが、我々が渡仏したのは10月初旬で、メドック地区は主力葡萄のカベルネ・ソービニヨン収穫の真っ最中。どのシャトーも目が回るような忙しさで、取材許可が取れず、広範囲に取材するつもりが意外と小規模になってしまった。ただ、見て回れたシャトーの数は少なくても、この時期しかできない充実した奥深い取材になったと思う。

 第一に、収穫の光景を見られたことがよかった。畑では耕作機械で葡萄を収穫しているところと、手摘みで丁寧に収穫しているところがある。機械摘みはトラクターに乗り、葡萄の実を棒で次々とたたき落としていくやり方。かたや手摘みはハサミを使って、生育不良の実を除去しつつ行う。これはいかにも手間仕事だし、人件費もかかる。機械摘みは手っとり早いしコストも安いが、葡萄の木の枝を傷つけてしまうので翌年の収穫に影響が出るし、葡萄の選別を行う最初のチャンスが失われることにもなる。良質のワインを造るなら、やはり手摘みに軍配が上がると思われた。

 収穫のあとは、葡萄をベルトコンベヤーの上に次々と乗せて、不健全な葡萄と健全な葡萄を峻別する「選果」という作業をする。この作業を、無理をいっていくつかのシャトーで見学させてもらったが、実を選ぶ人間の「経験値」が非常に重要だという印象をもった。そもそも臨時アルバイトが葡萄を選ぶのと、熟練者がするのでは、選別の基準が変わってくる。例えば、シャトー・ピション・ロングヴィル・バロンの選果はじつに素晴らしかった。選果台の随所に熟練者が目を光らせ、すばやく不良葡萄を選別して排除している。それも、かなり厳しい基準を設けているようだった。さすがは名門の二級シャトー。ピション・バロンは力強く濃厚なメドックらしい味わいで、もともと好きなワインだったが、舞台裏を見てますますほれ込んだ。

 これら繁忙期の取材を通じてわかったのは、人を幸福にするワインとそうでないワインは、収穫や選果の段階からすでにはっきりと道が分かれているということである。

 「人生は、まずいワインを飲んでいるほど長くはない」とは、あるワイン・ジャーナリストの至言。私も同感だ。短い人生、どうせならピションのように人を幸福にするワインを、1本でも多く味わいたいものである。

■今回のコラムに登場したワイン

  • ・シャトー・ピション・ロングヴィル・バロン

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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