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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

素晴らしい「奇麗なワイン」

2007年05月17日

 10月の葡萄の収穫期に、無理を押して行ったボルドー取材旅行。この時に得たものはとても大きく、我々はワインというものの奥深さをいっそう知ることができた。実際、日本にいてワインを飲んでいるだけでは、わからない部分は多いのである。今回も、そのひとつについて書こう。

写真(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第2巻(週刊モーニング連載中)

 フランス滞在中、我々は取材と称して、毎日ワインを飲んでいた。そうするうち、現地で飲むワインには、値段に関係なく共通点があることに気づいた。なんと表現すればいいのか難しいが、酒の質が奇麗で、澄みきったような味わいがどのワインにもあるのだ。

 最初は、現地で飲むと気候も食事もワインに合うからそう感じるのかと思っていた。ところが、サンテミリオンのビストロで「シャトー・シュヴァル・ブラン95年」を飲んだときに、そうではないことがはっきりわかった。というのは、たまたま我々姉弟は、まったく同じシュヴァル・ブランの95年を、フランスに発つ少し前に、東京で飲んでいたからだ。

 「白馬」という意味のこのサンテミリオンの銘酒は、我々姉弟が愛してやまないフランスワインのひとつである。カベルネ・フラン3分の2、メルローが3分の1という独得のブレンド比率で作られており、華やかな香りと、完熟した黒い果実の味わいの中に、生クリームに似たふわりとした甘さがある(これがたまらなく美味なのだ!)。スケールの大きい長熟型の力強いワインなので、95年のものは硬くて若いが、それでも東京で飲んだ1本は「意外と飲めるね」と言い合ったほど、熟成しはじめた感じだった。

 ところが、そのビストロで飲んだ95年は、まったく別物といってよかった。一言でいって、ものすごく若いのである。熟成感は微塵もなく、赤ちゃんの肌のようにツヤツヤしていて、疲れた感じが全然ない。当然ながら硬くて硬くて、一度のデキャンタージュでは、まったく開かなかった。柔らかくするために、デキャンタをぐるぐる回し続けて空気を入れること1時間で、ようやくシュヴァルらしい味と香りが姿を現わしはじめたが……。

 海を渡ってきたワインと現地で飲むワインの、こうした著しい違いはどうして生まれるのか。察するに、ワインは振動に弱い。だから船に揺られて海外へ運ばれていく間に疲弊し、どんどん年をとってしまうのだと思う。とくに香港やアメリカ経由で日本に来たようなワインは、長旅で疲れ切っている。逆にシャトーで作られて以後、ほとんど動かされていないワインは若くて元気で、酒質が奇麗である。古酒であっても、上品な老婦人のように奇麗に歳をとっているのだ。

 船便より高くつくが、航空便は揺れが少ないため圧倒的にワインの疲れが少ない。ちなみにこの取材旅行で買ったワインを我々は航空便で日本に送ったが、これらは現地で飲んだものに近く、とても若くて奇麗だった。

 ワインも人間と同じように、疲れることもあれば年もとる。また、年のとり方にもいろいろある。航空便で運ばれたものや、蔵出しと呼ばれる生産者のストック品は、奇麗に年をとった逸品が少なくない。多少お値段は張るが、こうした『奇麗なワイン』の素晴らしさを、ぜひ一度は味わってほしいものだ。

■今回のコラムに登場したワイン

  • ・シャトー・シュヴァル・ブラン95年

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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