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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

CH(シャトー)マルゴーの葡萄を食べた日

2007年05月24日

 つい先日、某ワインショップから、「新着の04年CHマルゴー、試飲会を開催します」という知らせが我々の元に送られてきた。2人で思わず「おおっ、04年マルゴーだ!」と喜びの声をあげてしまったが、締め切り前でどうしても行けなかった。嗚呼、口惜しい。

写真(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第6巻(週刊モーニング連載中)

 CHマルゴーは「五大シャトー」と呼ばれる格付け一級のシャトーのひとつで、『神の雫』ではクレオパトラにたとえたほど、柔和で優雅な味わいが特徴である。もちろん我々姉弟のボルドー・ワイン偏愛リストの中でもベスト3に入っているが、とりわけこの04年には特別な思い入れがある。

 というのも、このワインの葡萄(ブドウ)は我々がフランス取材旅行に行っていた時、収穫の真っ最中だった「思い出の葡萄」だからである。

 少し話がそれるが、04年のフランス取材では、シャトーに顔が利くやり手のコーディネーターに現地の案内を頼んだ。彼の名は、ムッシュ・スドウ。飲食関係の仕事でフランス滞在中にワインにハマって人生の航路が狂い、気がつけばフランスに住み着いてしまったという御仁である。ムッシュ・スドウとはこの取材ですっかり親しくなり、彼が日本に帰国するたびに開催する“超絶ワイン会”にも姉弟で参加している。このワイン会についてのエピソードは後日に譲るとして、いったんボルドー取材に話を戻す。

 ムッシュの案内で、我々はボルドーの多くのシャトーを訪問した。できれば一級シャトーはすべて取材したかったが、取材と見学を許可してくれたのは広報活動に力を入れているムートンだけで、他のシャトーは訪問不可だった。そこで、せめてマルゴーの畑だけでも見てみたいと、ムッシュに案内を頼んだ。

 カベルネ・ソービニヨンがたわわに実ったCHマルゴーの畑は、白い石がゴロゴロ転がっていた。70万年前のギュンツ氷河期のものだというこの石が、土中深くまで達しているのがマルゴーのテロワールの素晴らしさだ。要は、水はけが抜群に良いからこそ、あの芳醇(ほうじゅん)で優美なワインが生まれるのである。

 ところで、我々がマルゴーの畑でこの見事な白い石に見とれていたら、ムッシュの姿が見えない。呼んでみると、葡萄の垣根の下から声が聞こえる。なんとムッシュは、(収穫が済んだばかりの畑に)座り込んで(摘み残しの)マルゴーの葡萄を盗み食いしてるではないか!しかも「大丈夫、フランス人は細かいことを気にしませんから。ホラ、亜樹さんも食べて。タネも一緒に食べてみると、どんなワインができるか予想がつくんです」と、平然としている。

 そこで我々も、しゃがんでこっそり、葡萄を食べてみた。マルゴーの葡萄は酸味と甘みの調和が素晴らしく、皮もほどほどに厚く、ジューシーで、タネは胡桃(クルミ)のようにリッチな味わいがした。このタネが渋すぎると、タンニン(渋み)が過剰になり、飲みにくいワインができてしまうわけである。

 難しいと言われる04年だが、CHマルゴーはきっとすごい出来ばえに違いない。まさにあの畑の葡萄のように、芳醇な果実味と整った酸味、甘くリッチなタンニンの素晴らしいワイン……。そろそろ日本市場に出回り始めたこのワイン、フランス取材旅行の日々を思い出しながら、じっくりと味わってみたい。

 (※葡萄は大切に育てているものです。旅行者のみなさんは決してマネをしないようにしましょう)

■今回のコラムに登場したワイン

  • ・CHマルゴー04年

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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