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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

「お隣さんワイン」はおいしいか?

2007年05月31日

 我々姉弟のもとには、会員になっているネットのワインショップから、時々こんな謳(うた)い文句つきのメルマガが送られてくる。「シャトー××の隣の畑のワインを、なんと××の半額で販売!!」。(ちなみに、××の部分には有名シャトーの名前が入る)。

写真(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第3巻(週刊モーニング連載中)

 かつては私も、この手の情報に心を揺さぶられたものだった。例えばシャトー・オー・ブリオンのお隣さんなら、グラーブ(砂利)という地域名の通り、砂利が多い土壌に違いないし、ならばあの柔和で優美で、独特のたばこの香りのする素晴らしいワインに似ている可能性は高いわけだ。しかもオー・ブリオンの半額とくれば……、つい飲んでみたくなるのが人情ではないか。

 ところが、違うのである。「お隣さんワイン」の多くは“本家”とはまったく別物であり、中には「ホントにこれがあの素晴らしいシャトーの隣の畑?」とショップに真偽を正したくなるような「はずれワイン」も混じっていたりする。

 有名シャトーの隣なのに、なぜ似ても似つかないのか。フランス取材でポムロールのシャトー・ル・パンを訪れた時、その理由がよくわかった。最近では10万円以下で売られているのを見たことがないシンデレラワインのシャトー・ル・パンだが、その本拠地は予想以上に小さく、シャトーというよりは小屋に近い建物だった。しかし、狭いけれど、畑は見事に整っていた。足を踏み入れると、雨上がりにもかかわらず、靴に泥がつかない。周辺は粘土質土壌なのに、ここは水はけが良好なのだ。ところが道1本隔てた隣の畑(無名のシャトー)に入ると、泥がネバネバとまとわりついて、靴は泥だらけになった。

 このように道一本隔てただけで、テロワール(葡萄(ブドウ)を育てる土壌などの環境)は大きな差が出るのである。例えば一面の葡萄畑を眺めているとどこも平坦に見えるが、隣同士の葡萄畑でも微妙な高低があったり、葡萄の垣根が並ぶ方角が異なっていたり、すべてが微妙に違っている。そしてこの微妙な違いが水はけの差、日当たりの差を生む。

 さらに、葡萄畑を支配する人間が質を重視するか、量を重視するかという点でも、葡萄畑の運命は違ってくる。天候の変化を先読みする研究をしているか、有機農法や手摘み収穫などを採り入れているか、剪定(せんてい)をどの程度行うか……、運命の分水嶺(ぶんすいれい)は数多くある。

 こうした環境や経営方針の違いによって、収穫した葡萄の質には、小さな差ができる。ところが葡萄がワインとなった時には、小さな差が、とてつもない差になってしまう。

 もっとも「お隣さん」の中にもおいしいワインはある。ブルゴーニュの生産者ルモリケは、DRCラ・ターシュの「お隣さん」に一級畑を所有しているが、この畑のワインは文句なく美味だった。経験からいうと、ブルゴーニュのお隣さんには比較的「当たり」が多い気がするが、それも100%ではない。

 しかし、ワインを知るには「とりあえず飲んでみる」ことが大事。読者諸氏も心ひかれるお隣さんワインを見つけたら、まず買ってみてはいかがか。うまいこと「当たり」をつかめば、福袋の中に欲しいものが偶然入っていた時のような、ラッキーな気分になれること請け合いだ。

■今回のコラムに登場したワイン

  • シャトー・オー・ブリオン 
  • シャトー・ル・パン 
  • ルモリケのワイン 
  • DRCラ・ターシュ 

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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