現在位置:asahi.com>食>コラム>「神の雫」作者のノムリエ日記> 記事 ![]() 雪駄姿で現れたノシター監督のこと2007年06月21日 『神の雫』はこの11月で、連載開始から丸3年を迎える。長いようで短いこの年月の間に、我々は多くの出会いを経験してきた。世界のワイン生産者たち、ワインにかかわるさまざまなビジネスを行う人々……。いずれも貴重な巡り合いだったが、そんな中でも印象深いのは、映画監督のジョナサン・ノシター氏との出会いである。ノシター氏はワインにまつわる実録映画『モンドヴィーノ』を撮った人物で、05年秋の日本公開を機に、我々と対談をする運びとなったのだった。
ちなみに『モンドヴィーノ』は、世界を舞台に活躍するワイン・コンサルタントのミシェル・ローランや著名評論家のロバート・パーカーjrが登場することで話題になった。 内容は一風変わった構成で、ナレーションなど第三者の言葉は一切なく、ワイン造りにかかわる人々の姿を追いかけて撮っているだけである。しかし不思議なことにこれを見ていると、パーカー氏好みの「果実味たっぷりの濃くて柔和なワイン」が今、世界中で流行しているのは、ローラン氏がそういうワインを作るよう、世界中で指導しているからだとわかってくる。ただし、作品の中で、ローラン氏が直接的に批判されているシーンはまったくない。ただ、小さな家族経営の生産者が「昔から変わらない味のワイン」を頑固に作り続けている姿を撮り、それと対比させてローラン氏が世界のワイナリーで活躍し、高笑いしている様子を、淡々と撮っているだけだ。それなのになぜかローラン氏が「悪いヤツ」に見えてくるのが面白く、我々姉弟もこの作品を気に入り、対談の話に乗ったのである。 さてその対談、ノシター氏が宿泊する高級シティホテルの部屋で行うことになっていた。我々は編集者とともに、ホテルのロビーで対談予定時間の15分前から待機していた。ところが、なかなか声がかからない。「前のお客と話をしているので少し待ってくれ」といわれたまま、1時間半。いい加減疲れてきたところで、ようやくお呼びがかかったが、部屋を訪ねてみてさらにビックリ。1時間半も我々を待たせたので「すみません」と恐縮して現れるかと思いきや、ノシター氏はなんと白シャツにジーンズのラフな服装、裸足に雪駄(せった)という出で立ちで、ソファーに寝っころがったまま「hi!」とにこやかな笑顔で我々を出迎えるではないか。 日頃、思いっきりラフな姿で仕事をしている我々もさすがに初対面での雪駄姿には面食らい、(なんちゅう失礼なヤツだ……)と内心ちょっとムッときた。しかしじっくり話しているうちに、要するに彼は常識的スタイルに自分をはめ込むのがキライな人間で、その象徴としてああした格好を好むのだということが、徐々に理解できてきた。 「味を点数で評価するのはワインのエスプリに反する」「ワインは人間そのもの。だから弱さや不完全さも魅力」「均一化された味が流行することに、皆もっと抵抗すべき。ワインという偉大な文化の危機だ」………。彼の言葉は、すべて納得できるものだった。 ノシター氏は、アメリカ人なのにフランス語で会話をする。高級レストランのワインリストを制作するほどワインへの造詣は深く、だからこそこのように、ワイン業界の暗部をえぐるような問題作が撮れたのだと思う。 「私の住むリオデジャネイロで一緒にワインを飲もう」という約束は未だ果たせていないが、我々はこの型破りな人物の手になる、次なるワインの物語を楽しみに待っている。 プロフィール
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