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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

愛すべき不作年ワイン

2007年07月12日

 厳しいスケジュールを調整して、この5月、漫画家オキモトとともに我々姉弟はフランス・ブルゴーニュへ取材旅行に行ってきた。2年半ぶりの訪仏である。前回はボルドー地区中心だったが、今回はブルゴーニュ地方限定。北はシャブリ地区から南はボジョレー地区までの畑を見学し、我々が関心を寄せる生産者の皆さんを取材してきた。

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第6巻(週刊モーニング連載中)(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第6巻(週刊モーニング連載中)

 5月のブルゴーニュは葡萄(ぶどう)の花が開花した頃で、06年ビンテージは樽(たる)の中で熟成中、05年産は瓶詰めを終えたところだった。仕事が一段落して、ちょっとほっとしているドメーヌ(生産者)たちは、快くバックビンテージを試飲させてくれた。

 瓶詰めしたばかりの05年は、優良年の02年を超える世紀のグレート・ビンテージだそうである。確かにどの生産者のワインも05年はレベルが高く、格下の村名ワインもしっかりと腰があり、香りも高く、なによりもバランスが整っていた。ところが一転して06年は冷夏で、8月に摂氏10度を切る日もあったそうである。葡萄が完熟せず、果実味が不足して酸味ばかりが目立つワインになるなど、生産者はどこもかなり苦労をしたと聞く。ところがある生産者に「06年のワインは厳しい出来ばえのところが多いようですね」と問いかけると、「確かにね。でも06年は葡萄に手をかけたし、放っておいても優れたワインができた05年より思い入れがあります」と、意外な言葉が返ってきた。私はふと、これと同じ言葉を以前にも聞いたことを思い出した。

 『神の雫』で、優れた1000円台ワインとして紹介したローヌ地方のシャトー・サン・コムのオーナー醸造家ルイ・バリュオール氏と、東京で会食した時のことだ。ルイ氏はサン・コムのコート・デュ・ローヌ・レ・ド・アルビオン01年が『神の雫』に載り、在庫がなくなるほど売れたことを非常に喜び、レストランに99年から05年までのビンテージを持ち込んでひとつずつテイスティングさせてくれた。

 試飲してみると、漫画に取り上げた01年は果実味あふれる官能的なワインに仕上がっているが、ローヌ地方も良作年だったという05年は、01年を超える素晴らしい出来ばえだった。そして、これと対照的なのが02年。日照時間が短く、葡萄の育成が不十分だったというこの年のアルビオンは、いささかパンチ不足が目についた。我々が率直にそのことを口に出すと「確かにそうですよね」とちょっと苦笑しながら、ルイ氏は言った。

 「でも、出来のいい年のワインが愛すべきワインとは限らない。僕にとっては、悩みもしたし手もかけた02年が、じつは一番、可愛い子どもなんですよ」

 サン・コムの02年は、迫力こそないがエレガントで飲みやすいワインに仕上がっている。ルイ氏の愛情のたまものなのかもしれない。

 グレート・ビンテージにおいては誰でもいいワインが造れるため、生産者の底力が見えにくい。翻って不作年では、ワイン造りの力量や、葡萄への愛情が味わいの中に如実に反映される。生産者の「ワイン哲学」を知るには、優良年より不作年に注目した方がわかりやすく、真実が見えやすい面もあるのだ。我々が『第一の使徒』に選んだルーミエのシャンボール・ミュジニー・レ・ザムルースが、ブルゴーニュ不作年の01年ビンテージだったのは、そういう意味においても正解だった、と思うのである。

■今回のコラムに登場したワイン

  • シャトー・サン・コム コート・デュ・ローヌ・レ・ド・アルビオン

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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