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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

“神様の後継者”との衝撃的出会い(前編)

2007年08月02日

 前回も書いたが、5月のブルゴーニュ取材は、折あしく日曜とフランスの祭日が日程に含まれており、生産者たちは皆、休暇をとっていて、取材相手を探すのに苦労した。そこで我々はジュヴレ・シャンベルタン村に住む日本人醸造家・仲田晃司さんに、つてをたどってのアポ取りをお願いした。そこで、真っ先に「取材OK」と言ってくれたのが、なんとブルゴーニュでもっとも著名な生産者のひとり、エマニュエル・ルジェであった。

マンガ(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第2巻(週刊モーニング連載中)

 ワイン・ラヴァー、とりわけブルゴーニュワインのファンで、この生産者を知らない人はいないだろう。ルジェは「ブルゴーニュワインの神様」と呼ばれた偉大な生産者、故アンリ・ジャイエのおいであり、彼の教えを直々に受けた、事実上の“後継ぎ”である。

 ルジェのワインは、比較的手に入りやすい村名ワインの「ヴォーヌ・ロマネ」でさえ1万円以上と高値で、世界中にファンがいるため慢性品薄&入手困難である。なかでも特級畑「エシェゾー」とアンリ・ジャイエから受け継いだ一級畑「クロ・パラントゥー」は誰もが認める絶品中の絶品だ。エレガントさと優美さをたたえた彼のワインは、むろん我々姉弟のブルゴーニュワイン偏愛リストのベストスリーに入っている。

 そんなあこがれの生産者のルジェが、いの一番に取材を承諾してくれたと聞いて、我々はかなりびっくりした。仲田さんによれば「休日ですが、日本からの取材陣を連れていっていいですか?」と電話をしたところ、「ああ、いいよ」と、あっさり受けてくれたそうだ。が、そうはいっても休みの日はキッチリ休むフランス人。ネットなどで見かけるルジェ氏の風貌(ふうぼう)はコワモテで、いささか気難しそうだ。本当は休日の取材を迷惑に思ってるかも……と、私はかなりドキドキしていた。

 さて当日の朝。編集者数名と漫画家、そして我々姉弟、さらに仲田さんご夫妻の総勢9名が、10人乗りのワゴン車でルジェ氏の庭に乗り入れたところ、ネット上で見かけるあの怖い仏頂面で、ご当人が現れた。どう見ても怒っているとしか思えない顔つきである。

 「こんな大きい車で、あいさつもなしに庭に乗り入れたから怒ったのでは……」と、私は内心焦った。しかし仲田さんは動じず、ルジェ氏と穏やかに会話している。どうもこの人は、怖い顔が「いつもの顔」なのかもしれない。

 ルジェの仕事場では、従業員たちは全員休んでいた。ルジェは「瓶詰めしたばかりの05年を飲んでみるか」と言って、まず一番格下の広域ブルゴーニュを試飲させてくれた。ところがこのワインが、間の悪いことにちょっと劣化していた。コルク不良だったのかもしれない。我々も味の違和感に気づいたのだが、ルジェが不機嫌そうな顔をしているのでいい出せず、結局仲田さんの奥さんがルジェにそれを告げてくれるまで、黙っていた。

 「劣化か。今日はツイてない」と、ルジェは初めてはにかんだように笑い、2本目の広域ブルゴーニュを開けてくれた。そしてそこからは弾みがついたように、気前よく次々と05年ワインを試飲させてくれた。ニュイ・サン・ジョルジュ、ヴォーヌ・ロマネ……。ワインの格が上がるごとに、味わいもレベルが上がっていく。普段なら味だけ確かめてペッと吐き出すところだが、ヴォーヌ・ロマネを飲んだあたりから、あまりのおいしさに吐き出せなくなってきた……。(衝撃的なルジェとの邂逅(かいこう)を語るには、1回のコラムではスペース不足のようである。ということでこの続きはまた来週。お楽しみに!)

■今回のコラムに登場したワイン

  • エマニュエル・ルジェ ヴォーヌ・ロマネ 
  • エマニュエル・ルジェ ニュイ・サン・ジョルジュ 

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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