現在位置:asahi.com>食>コラム>「神の雫」作者のノムリエ日記> 記事 ![]() ワインの贈り物は、難しい2007年08月16日 先日、知人にちょっとした慶事があった。お祝いにワインを贈ろうと思いたち、弟と共有している「セラー部屋」に行き、何がいいか思案した。シャンパーニュでは発想があたりまえすぎるし、かといって、ボルドーの若いビンテージだと開くのに時間がかかって、渋くて美味しくないと思われてしまいそうだし……。室温17度のセラー部屋で迷っているうちに身体が冷えきってしまい、結局考えるのが面倒になって、ワインを贈るのはやめることにした。
実際、ワインを人にプレゼントするのは、なかなか難しいものがある。数年前、仕事関係者の事務所あてにお中元としてブルゴーニュ・ワインを数本、送ったことがあるが、これは大失敗だった。彼はワインの知識がほとんどなく、送ったワインを「お煎餅をもらった時と同じような感覚で」事務所の棚に何日も放置しておいたらしい。お中元、即ち夏の贈物である。彼の事務所は、社員のいる間は冷房をかけているが、終業後は当然、冷房を切る。東京都心は、コンクリートの蓄熱で夜も猛烈に暑い。とくにお盆お休みの間は、無人の事務所はサウナのような状態になる。熱に弱いブルゴーニュ・ワインは、半月も経たないうちに熱で劣化してしまい、秋も近くなった頃に彼がこのワインを開けたところ、酸っぱさだけがツーンと鼻を突く、奇妙な味の酒に化けていたという。 また 、最近も「ワインが好きでよく飲む」という人に、『神の雫』で有名になったシャトー・モン・ペラをお贈りした。大変喜んでいただいたが、「ありがたいので、神棚に飾ってあります」という手紙が来たので、「それはやめて、光の差さない温度の低い場所に保管してください」と、あわてて返事を書いた。ワインが好きだという人も、家で長く保管した経験がない場合がけっこう多いのだ。だから神棚に置いたり、食器棚の中に仕舞ったままにしておいたりする。日当りのいい食器棚は、ワインを保管するにはもっとも不向きである。ワインセラーがないなら、次善の策として冷蔵庫、または床下収納庫に入れて欲しい。 こんな話もある。某大手出版社の社長のところに、偉大なビンテージのシャトー・ラフィット・ロートシルトの贈物が届いた。ところが社長は、ワインの知識がまったくない。だからこのワインが貴重なものだと聞いて、神棚に飾っておいたのだそうだ。それも1日、2日ではなく、何年も。神棚はさほど暑くはなかったそうだが、運の悪かったことに日当りが良かった。光を通さないほど濃い紫色だったラフィットは紫外線によって次第に変色を始め、紫色から煉瓦色に変わり、やがて色が抜けて、白ワインの古酒のような琥珀色に変わったのだという。 さて、この時点で、ラフィットはどんな味わいになっていたか?飲んだ人の話によれば「偉大なボルドーの味ではないが、古酒として充分に楽しめるワイン」に化けていたとか。さすが偉大な五大シャトー、長年の過酷な環境にも壊れることなく、生き続けたわけだ。 しかし五大シャトーならともかく、われわれ庶民の贈物はたいてい、そこそこの中堅ワイン。相手がマニアでない場合は、「冷暗所で保存してください」と、ひとことアドバイスを添えて贈るのが、親切といえるだろう。 ■今回のコラムに登場したワイン
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