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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

ワインの味に表れる造り手の人間性

2007年08月23日

 ワインを評価する時、「テロワールを忠実に表現している」といった褒め言葉を聞くことがある。テロワールを表現するとは、ひらたくいえば畑の特徴を生かした味になっていることで、ブルゴーニュの特級畑シャンベルタンなら男性的で芳醇(ほうじゅん)で力強く、ミュジニィなら女性的でシルキーで優美な味わいのワイン、ということだろう。それは近年、ワイン造りのひとつの理想形として語られる言葉だ。

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(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第8巻(週刊モーニング連載中

 ところが、異なった生産者が造る同じ畑のワインを飲み比べてみると「本当にテロワールの違いがワインの味を決定するのだろうか?」と、首をかしげることが多い。例えばヴォーヌ・ロマネ村の「レ・ボーモン」という一級畑で、エマニュエル・ルジェ作と、クリストフ・ペロ・ミノ作を同時に飲んでみる。

 すると前者は色は薄く、味はエレガントで繊細、優美で複雑。後者は色が濃くジャムのように果実味があふれるワイン。ブラインドで同時に飲まされたら、同じ畑のワインだとは、ほとんどの人が判別できないと思う。

 一方で、ルジェの「レ・ボーモン」と特級「エシェゾー」は異なる畑であるが、エレガントで優美な味わいには明確な共通点が感じられる。そう考えると、ワインの味わいを大きく左右するのはまず人間で、それに続くのがテロワールとビンテージ、という気がしてくるのだ。

 例えば5月のブルゴーニュ取材で訪問したジャック・カシュー氏は、清潔な木綿のシャツがよく似合う、まじめで実直な人物だった。瓶詰めされたバックビンテージが納められている彼の蔵は清潔で掃除が行き届いており、古いワインが年代別にきちんと整理整頓されていた。そんな彼のワインは、誠実なキャラクターを写し取ったようなところがある。

 同じ畑でも、雨が多く苦しいビンテージは、果実の嘆きが感じられるようなワインになっており、満足な日照が得られた良作年のものは、甘く優しい果実味があふれ、彼のワインの長所である優美さが際立っている。天の声に従い、良い年は良い年なりに、悪い年は悪い年なりに、黙々とワインを造るカシュー氏の実直な暮らしぶりが、ワインにも表れているような気がする。

 国は変わるが、イタリアはトスカーナの新進生産者ビービー・グラーツ氏も、彼の個性がよく表れたワインを造っている。彼は、通常はワインの発酵に使われる小樽(バリック)を横ではなく縦に置き、発酵でなく「醸造」を行うのだ。この独自の方法で造られる『テスタ・マッタ』はイタリアのワイン評論誌で三つ星を取るなど、高評価を受けた。

 またグラーツ氏は、ワイン生産者でもあるが画家でもある。伝統的なワインの製法にはまったくこだわりがなく、「僕はアーティストとして独創的なワイン造りをしている」と言ってはばからない。彼の笑顔は子どものように屈託がなく、自由なワイン造りを心から楽しんでいる。そんなグラーツ氏の造るテスタ・マッタは果実爆弾のようにパワフルで、イタリアの明るい海辺の町を思わせる、はつらつとしたワインである。

 ワイン造りの極意は「天地人」と『神の雫』では何度も書いてきたが、その中でもやはりもっとも大切なのは「人」なのだろう。ワインを味わいながら造り手の個性に思いをはせ、「この生産者はきっと繊細で慎重なキャラなんだな」などと勝手な想像をすることも、我らノムリエの楽しみのひとつである。

■今回のコラムに登場したワイン

  • エマニュエル・ルジェ レ・ボーモン 
  • シャトー・クリストフ・ペロ・ミノ レ・ボーモン 
  • エマニュエル・ルジェ エシェゾー 
  • ジャック・カシューのワイン 
  • ビービー・グラーツ テスタ・マッタ 

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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