現在位置:asahi.com>食>コラム>「神の雫」作者のノムリエ日記> 記事 ![]() 死ぬ前に飲みたい究極の1本は?2007年08月30日 最近、「亜樹さんが、死ぬ前に飲みたい1本のワインはなんですか?」と、取材などでよく聞かれる。こういう質問が出てくるのは、恐らく評論家のロバート・パーカーjrが「死ぬ前に飲みたい最後のワイン」について語った経緯があるからだろう。パーカー氏が最後に飲みたいワインは、ローヌを代表する醸造家のE・ギガルが造る最上級キュベ「ラ・トゥルク」だそうである。さらにラ・トゥルクと肩を並べるキュベ「ラ・ムーリーヌ」についても「無人島にただ1本だけワインを持って取り残されるとしたら、これを選ぶ」などと語り、氏のギガルへの偏愛ぶりはかなりのものである。
それはともかく、死ぬ前に飲みたいワインを1本だけ選べといわれると、これは結構、難題である。ちなみに神の雫に登場するイタリア長介のモデルで、ワインのバイヤー兼ソムリエのH氏は、「僕が最後に飲みたいワインは、アマローネしかない」とキッパリいう。アマローネとはイタリアを代表する高級赤ワインで、かつては法王や貴族しか口にできなかった逸品だ。イタリア長介氏はこれを飲んでイタリアワインの華やかさ、奥深さに感動し、アパレル関係からワイン業界に華麗なる(?)転身をしたという。ちなみに現在の奥さんにプロポーズした時も、このアマローネを飲みながら、だったとか。 翻って我々はどうか。弟とこの問題について語りあったところ、「やっぱりDRCエシェゾー85年かな。神の雫を立ち上げるきっかけになったんだから」と、弟。これは私もまったく同感だ。DRCには「ロマネ・コンティ」を筆頭に「ラ・ターシュ」や「リッシュブール」などといった、エシェゾーより格上のキラ星のような特級畑が多くあり、それらすべてを飲んでいるにもかかわらず、我々はやはりDRCエシェゾーを飲みたいと思うのである。最初にあの85年を飲んだときの衝撃は、それほど強烈だったのだろう。 ただ、我々が死ぬまでにはあと30年かかると仮定して、その頃85年のエシェゾーはリリースされてから50年ほどもたっている。長熟の特級ワインといえども、さすがに飲み頃を過ぎているのではないか? そういう意味では、ブルゴーニュもボルドーも、今まさに出回り始めた偉大な05年ビンテージあたりから「最後のワイン」を選ぶのがいいかもしれない。 「だったら、ブルゴーニュは今年取材に行って感動したエマニュエル・ルジェの05年エシェゾーがいいな」と私。「おれはルジェのクロ・パラントゥー05年。長熟型だから、30年後にはエシェゾーより良くなってるぞ」と弟。私はルジェのエシェゾーに代表されるブルゴーニュ特有のエレガントさにひかれるが、彼は優雅ながら力強い長熟型のワインを好む。姉弟の趣味の分かれるところだ。 ではボルドー・ワインはどうだろう。ブルゴーニュ同様、偉大なビンテージだった05年産のボルドーは、飲み頃になるのに20〜30年かかるだろうから、我々が死ぬ頃にはほどよく熟成し、ガーネット色を帯びた最高のワインになっているだろう。 「05年のボルドーで1本選ぶなら、おれは絶対CHオー・ブリオンだ」と弟は力を込めていう。彼がそういうのは、以前、家族の記念日に82年のオー・ブリオンをレストランに持ち込んで飲み、その偉大なスケールの大きさに卒倒しそうになったからである(残念ながら、私はその場にいなかった)。 82年オー・ブリオンを飲みそこねた私としては、05年ボルドーを1本選ぶなら、究極の優雅さと芳醇(ほうじゅん)さを兼ね備えたCHマルゴー、あるいは78年を飲んで複雑さと重厚さと優美さに仰天したCHシュヴァル・ブラン。そのどちらかがいい。 「でも『第三の使徒』に選んだドメーヌ・ペゴーのシャトー・ヌフ・デュ・パプ・キュベ・ダ・カポ00年はすごかったよね。あれももう一回飲みたい」と弟。そうだ、ダ・カポがあった。上等なカスタード・クリームをたっぷり使ったマロン・ケーキのように甘美なワイン。使徒に選ぶのに、少しも迷わなかったあの素晴らしい1本を、私も死ぬ前にもう一度、飲みたい。あの骨太なワインは、30年後でも十分に飲める状態だろう。すごく楽しみだ。「ただ困るのは、30年後とかいってて10年も持たずに死んじゃうことだよなぁ」と弟。 そりゃそうだ。そんなに早くあの世に行ってしまったら、2500本もある姉弟のコレクションは半分も飲みきれないで終わる。 どうやら今の我々にとって大事なのは、せいぜい肝臓をいたわってやり、最後のワインを飲むその時を、一日でも引き延ばすことのようだ。
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