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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

酔っぱらった脳は“ウソ”をつく

2007年11月01日

 おいしいワインはいくらでも飲めてしまうような気がするものだが、実は「いくらでも」と思っているのは、酒で脳が鈍麻しているための一時的な錯覚である。この泥酔した脳の指令に従って飲み続けていたら、次の日、二日酔いでノックアウトされること間違いなしだ。我々姉弟も、もちろん何度も(懲りることなく)そういうハメに陥っている……。

イラスト

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第1巻(週刊モーニング連載中)

 近年でもっとも辛かった二日酔いについて書こう。あれは忘れもしない昨秋、在仏のワインジャーナリスト、ムッシュ・スドウが開催するワイン会でのことだった。

 ムッシュのワイン会は常にレベルが高く、オークションでしか買えないレアものなどを中心に飲ませてくれるが、この時のテーマはなんと「ブルゴーニュ最高の生産者DRCの2000年ビンテージ、一気飲み」つまり、下はエシェゾーから上はロマネ・コンティまで、きら星のようなDRCの7つの特級畑すべてを飲むという、超豪華企画だった。

 当コラムでも何度か書いているが、DRCは我々にとって特別な生産者である。このワイン会の企画を聞かされた時、私はその場で「何が起きても参加します!」と高らかに宣言した。会費は12万円と家賃並みの額だったが、ワインの購入を自粛すれば何とかなる。ちなみにDRCを偏愛しているのは私だけではないようで、このワイン会、告知と同時にたちまち定員が埋まってしまい、キャンセル待ちまで出たというからオドロキである。

 さてその当日。「真性ワインおたく」が一堂に会したDRC一気飲みワイン会は、異様な熱気に包まれていた。「今回は特別企画なので、恒例のブラインド(目隠し)試飲もナシにします。心ゆくまでDRC特級畑ワインの複雑さ、華やかさを楽しんでください」というムッシュの開会宣言に、全員が「おおっ!」と歓喜の声をあげた。

 振り返れば、もしも目隠し試飲が行われていたなら、ワインの香りと味に意識を集中させなくてはならならないので、あそこまで酔わずに済んだかもしれない。エシェゾー、グランエシェゾー、と格下の畑から飲み進むうちに、「さすがブルゴーニュの最高峰DRC、いくら飲んでも酔わない。これならノンストップで行ける!」と、緩み切った脳が異常な指令を発しだした。悲しいかな、そうなるともう制御が利かない。さらに不幸なことに(その時はラッキー、と思っていたのだが)、隣の席の女性が「のっぴきならぬ用事が出来まして……」と、途中退席したのである。この女性、ワインを飲むのが好きというより、味と香りを確認するのが目的の「学究型ワインおたく」で、グラスの中にはなみなみと、麗しきDRCワインが残っていた。その残りワインを物欲しげに見つめている私に、ムッシュは「亜樹サン、もったいないから飲んだら?」とのたもうた。判断力を失った脳は、この一言に飛びついた。私はいやしくも隣人の残したワインをすべて飲み、悲しいかなこのイベントのトリである至宝の特級畑、ロマネ・コンティを飲む頃は、泥酔して記憶が飛んでしまっていた……。

 かくして翌朝、頭のなかで鐘が鳴り響くような強烈な頭痛と、嵐の日の船酔いのような吐き気におそわれ、寝床から一歩もでられない状態となった。ワインラヴァーのみなさん、美味しすぎるワインと、酔って鈍麻した脳が発する“ウソの指令”には、くれぐれもご用心……。

※DRC→ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの略

■今回のコラムに登場したワイン

  • DRC 特級2000年

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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