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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

温暖化がワインを滅ぼす

2007年11月08日

 先月の半ば頃、我々は「世界知識人フォーラム」という大きなイベントのゲストとしてソウルに招かれ、オシャレなホテルの庭で、ワインを飲みながらの野外講演会を行った。午後2時から5時までという長時間の講演で、終る頃には口もきけないほど疲れてしまったが、韓国企業のVIPやマスコミ関係者、俳優など、普段は会えない人達と知り合えたのがとても嬉しかった。「これもまたワインの恩恵だな」と、弟とともに、ワインの神様にあらためて感謝したものだ。

漫画

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第12巻(週刊モーニング連載中)

 さてこの野外公演会、10月中頃はホテルの庭が紅葉で彩られると聞いていたので、じつは我々は「紅葉とワインのマリアージュ」をテーマにした話をしようと思っていた。ところが実際に現場にいってみると紅葉はまだなく、太陽がギラギラと照りつけて暑い。青々とした緑の庭は深まる秋どころか、夏の終わりといった風情で、屋外のテーブルに置かれたワインも紫外線で変質しそうな勢いである。「地球温暖化」という言葉がにわかに現実味を帯びて感じられ、汗が流れるほど暑い講演会場で、ちょっとお寒い気分になった。

 今や南極や北極では氷山が溶け、氷上生活の白熊は絶滅の危機にさらされているというが、ワインもしかりである。2003年はフランスは死人が出るほどの猛暑で、涼しいはずのブルゴーニュ地方も照りつける太陽に苦しめられた。ブルゴーニュの葡萄、ピノ・ノワールは繊細で、熱に弱い。多くの畑ではピノは太陽に水分を吸いつくされて干し葡萄となり、この年のブルゴーニュ・ワインは生産量が激減した。かろうじて生き残った葡萄で作られたワインは、どれも酸が少なく、甘味がやたらと強い。きりっとした酸味はブル・ワインの背骨のようなもので、これがないと熟成もうまくいかない。果実味豊かで濃厚な味が好きな評論家が「03年は不作だが、これは傑作だ」と評価したドメーヌのワインも飲んでみたが、南方産ワインのような味わいで、目隠しで飲まされたらブルゴーニュ・ワインだとはわからないかも、と思った。

 一方、03年のボルドー左岸はカベルネ・ソーヴィニヨンがよく育ち、グレートビンテージと評価された。これらをいま飲むと、強烈なタンニンと弾けるような果実味に圧倒されてしまうが、30年後には素晴らしい味わいの傑出したワインになるとの事。ロバート・パーカーjrがこの年のワインに軒並み高評価を与えたこともあって、例年のボルドーと比べるとかなりの高価格で取引されている。だが、どうも私はこの「偉大さ」にひっかかりを覚える。確かにタンニンも果実味も充分すぎるほど充分だが、ワインに本来あるべき繊細さや優美さが、あまりの力強さに潰されて、ほとんど感じられないのだ……。

 今後、温暖化が進めばボルドーワインはさらに甘く力強くなり、ブルゴーニュワインは不作が続くだろう。ドイツの名産・アイスワインも、温暖化によって葡萄が凍らなくなり、生産量が激減しているという。温暖化の勢いを止めないと、ワインという文化がもはや前世紀の遺物になってしまう可能性は、決して低くはないと思う。

 3日に一度は車で行くのをやめて電車にするとか、ちょっと汗ばむ程度で冷房をかけるのはやめにするとか、世界中のみんながちょっとずつ温暖化を食い止める努力をして、ワインの滅亡をどうにか防げないものか。夏のような10月のソウルでそんなことを考えて、少しばかり暗い気分になった。

■今回のコラムに登場したワイン

  • ロバート・パーカーjr高評価を与えた2003年ボルドー、カベルネ・ソーヴィニヨン

  • ドイツの名産・アイスワイン

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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