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コラム「神の雫」作者のノムリエ日記

天地人を感じるフランスワイン

2007年11月22日

 ヨーロッパと比べてワイン造りの歴史が比較的浅い産地のことを、ワイン業界では「新世界」と呼んでいる。かつて日本ではカベルネ・ソービニヨン種のチリワインが「チリカベ」などと呼ばれ、ちょっとしたブームになった。最近では、南アの人気が上昇しているという。これら新世界はフランス産と比べると値段も手頃で、そこそこに飲みやすい。デイリーワインとしては最適といえよう。

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(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第2巻(週刊モーニング連載中)

 ところが、『神の雫』にはこれら新世界ワインはあまり登場しない。取り上げるワインの7割はフランスワイン、2.5割がイタリア、残り0.5割が新世界といった具合である。そう、実をいうと我々にとってフランスワインは、かなり「特別」な存在なのだ。

 なぜフランスワインが「特別」なのか。ポイントは、フランスのワイン生産者がAOCという厳しいワイン法のもとで、苦しみながらワインを作っている点である。

 フランスでは、雨が多い年や猛暑の年も、人為的な工夫を施さずに、そのビンテージの厳しさをそのまま受け入れる形で、ワインを作ることが法律的に義務づけられている。雨が多いからといって、葡萄(ぶどう)畑にビニールシートをかけて雨を防ぐことは、法的に許されないのだ。資本主義の発想からすれば、なんとも非効率で不合理なやり方だろう。例えば雨で葡萄が台無しになりワインの生産量が激減しても「今年は天に恵まれなかったですね、残念でした」という話になるのだから……。

 フランスにも、かつてこのタブーを破り、ビニールシートをかけて雨よけを敢行した男がいる。サンテミリオンの銘酒で、ガレージワインの先駆けとなった『ヴァランドロー』の醸造家、ジャン・リュック・テュヌヴァン氏だ。歴史あるワイナリーが中心のこの国で、テュヌヴァン氏は89年からワイン造りを始めて脚光を浴びた、右岸のニュースター。研究熱心で野心家でもあったテュヌヴァン氏は00年、彼の畑の一部で、収穫前に畑の表面をシートで覆って雨を避け、果実の凝縮度を高めようとした。これは彼にとって「抜け駆け」でなく、実験的試みにすぎなかったのだが、ワイン法に違反する行為とみなされた。そしてこの畑のワイン4000本は、本来のサンテミリオン特級ではなく、単なる“テーブルワイン”に格下げされた。テュヌヴァン氏は、これらに「禁じられたヴァランドロー」という自虐的な名前をつけて出荷した。

 さてこの禁じられたワイン、醸造家の思惑通り果実味が溢れ、芳醇(ほうじゅん)で濃厚な素晴らしい味わいではあるが、どうもこれをもてはやす気になれない。なぜならワイン造りの基本「天地人」の「天」をムリヤリゆがめたという行為が、なんとなくひっかかるからである。

 天の声に従い、地のささやきに耳を傾け、これらと格闘しながら人知をつくす――それがワイン造りの哲学なのだと、我々は考えている。資本主義とは相いれないこの哲学を愚直に守り続けているのは、ヨーロッパのワイン生産国だけ。とりわけ、プライドをかけてこの法律を遵守しているのは、やっぱりワイン大国のフランスだと思う。要するに、我々がフランスワインにこだわるのは、ワイン造りのスピリットを、この国にもっとも感じることができるからなのである。

 かくして「神の雫」の登場人物たちは今日もまた、フランスワインを飲み続ける。そして我々姉弟もまた「ウーン、天地人を感じるねぇ」などと言ったりしながら、フランスワインの世界に日々、酔いしれている。

■今回のコラムに登場したワイン

  • 「禁じられたヴァランドロー」

プロフィール

亜樹直(Agi Tadashi)
講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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