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十二使徒にこめられたワインへの思い

2007年12月13日

  • 筆者・亜樹 直

イラスト

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第4巻(週刊モーニング連載中)

 近頃ネットのワインショップでは「十二使徒」に選ばれたワインは、たちどころに品切れになる。この漫画を始めてからすでに4本の使徒を登場させたが、今現在ネットショップで手に入るワインは1本もない。そうした影響力のせいか、神の雫についての取材を受けると、必ずといっていいほど「十二使徒を選ぶ基準は何か?」といった質問を受ける。 実はこの連載を始める前、十二使徒の基準をどうするかは、我々がもっとも悩んだ点であった。なにしろ世界中にワインは星の数ほど存在する。その中からたった12本を選ぶというのは、かなり大胆なことだ。おまけに我々は飲むのが大好きな「ノムリエ」であって、ソムリエでもなければ評論家でもない。結局は我々の考えで選ぶしかないのだが、あまりに的外れだと、読者の期待を裏切ることになってしまう……。

 そんなこんなの思いが頭を巡って、実は十二使徒の最初の1本、第一の使徒を表現する「神咲豊多香の遺言状」を書く時は呻吟した。世界のワインのベスト12を選ばなければという気負いもあってことだが、考えてみればこれはムチャな話。毎年のように偉大なワインが産み出されているなかで、ベスト12を選ぶのは、評論家のパーカー先生にだって難しいと思う。いわんや一介のノムリエに、そんな芸当ができるわけがないのだ。

 そうして悩んでいた折、たまたまブルゴーニュの偉大なビンテージの02年ワインが市場に出回りだした。ワインマニアは皆、熱狂し、有名生産者ものは出たら即、売り切れ。 我々もネットショップなどでひいきの生産者のワインを買いまくった。その02年ブルゴーニュ、素晴らしく整った味わいで、個性の薄い格下の畑のワインでも果実味があり、華やかであった。だが次々とこれらを飲んでいくうちに、我々は完璧なゆえの「限界」を感じてきた。満月となった月がそれ以上は満ちていかないように、満開の桜がそれ以上は咲かないように、完全さというのは袋小路のような限界を、宿命的に伴っている。整いすぎた環境でつくられたワインには、人間の英知が補うべきスキがない。そして人間の力が入り込む余地がないワインは、どことなく面白味に欠けているような気がした。

「完璧なワインよりも、人間の英知が感じられるワインこそ十二使徒にふさわしい」。グレートビンテージの02年と、雨が多く、生産者を苦しめた01年のワインを何度も飲み比べて、我々が行き着いた結論がこれである。そして第一の使徒はズバリ、ジョルジュ・ルーミエの『シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルース』01年を選んだ。これは天才といわれる生産者ルーミエの哲学が感じられるワインだと我々は思うし、この第一の使徒にはまた我々姉弟の、ワイン選びにおけるスピリットが込められているのである。

 ワイン造りの極意は「天地人」。3つのバランスのなかで、やはり一番大事なのは「人」だ。飲む人を感動させる奥深さを持ち、なおかつ人間の存在を仄かに感じさせるワイン。評論家の点数は必ずしも高くないかもしれないが、我々はこれからもできる限り、そんなワインを十二使徒に選んでいきたいと思っている。

■今回のコラムに登場したワイン

  • ジョルジュ・ルーミエの『シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルース』

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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