2008年1月10日
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(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第1巻(週刊モーニング連載中) |
ワインは、飲んでみないとわからない。高いお金を払って買ったお宝ワインも、開けてガッカリということが、たまにある。
先日、数年前に買って飲むのを楽しみにしていたメオ・カミュゼ『クロ・ド・ヴージョ97年』を、弟と仕事をしている時に抜栓した。ところが開けたとたん、何やら嫌〜な匂いが漂ってきたのである。過去に何度か嗅いだこの「蒸れた古ゾーキン」のような匂いは……そう、まさしくブショネ(コルク劣化)だ。程度の問題もあるが熱劣化したワインは、時間がたつと息を吹き返すこともある。しかしブショネだけは何をしてもよみがえることはないし、時間がたてばたつほど、ゾーキン臭さがいや増してくる。つまり、ブショネをつかんだら、もう無抵抗で諦めるしかないのだ。
「あー、ツイテない」と嘆く私に、弟は「じゃあ口直しに」と、アメリカの銘酒オー・ボン・クリマの『ノックス・アレキサンダー』を出してきた。ところが、何やらこれも微妙に雑巾臭い。メオよりは軽症だが、どうやらブショネである。世界で生産されるワインの5〜8%に不可避的に含まれるというブショネに2連発で遭遇するとは……。「神様が今日はワインを飲むなといってるんだな」とさすがの亜樹姉弟もその日は飲むのを諦めた。
ブショネ(Bouchonne)は、コルクが汚染されたために起こるワインの劣化。コルクというのは熱伝導を妨げる特性を持っているが、そのためコルク内部の熱処理が困難で、殺菌しきれなかったコルクの内部に微生物が残存し、ブショネの原因になるといわれている。また少し前まではコルクを漂白するときに塩素を使っていた。この塩素が微生物によって分解されたコルクの成分と結合して、トリクロロアニソールというカビ臭のある化合物を発生させる。それがブショネの原因ともされていた。でも本当の原因は完全には解明されておらず、ブショネを嫌って最近ではプラスティックコルクやスクリュー・キャップに変えるワイナリーも増えている。ただ、保存や熟成の面においては天然コルクの長所も多いのだから、悩ましいところだ。
「ブショネが減ってもプラスティックコルクは、興ざめだなあ」と弟。私もまったく同感だ。スクリュー・キャップもしかり。ワインをひねって開けるなんて、軽々しいし安っぽくて、ワインの持つ奥深さに似合わない。
さてそんな事を言い合っていて、不思議なことに気がついた。我々はブショネに当たっても、失望はするが怒ったりはしない。しかしこれが例えばジュースなら、開けて中身が痛んでいれば、「不良品だ」と怒りだすに違いない。その差はいったいなんだろう。
思うに、ワインを開ける時、我々はそれを作った人間と出会い、ワインという文化そのものを飲もうとしているのだ。文化をまるごと飲もうという大いなる行為において、ブショネはささいな出来事にすぎない。ありがたくはないが、これもワインという世界の中に住むひとつの生物のようなものなのだ。
だから、『神の雫』に登場するロベール爺さんの口癖ではないが「ブショネもまたワインよ」といって、おうように受け入れるのが、ワイン・ラヴァーの心構えのひとつといえる。もっとも、高いワインを飲むときは「どうかブショネじゃありませんように」と、祈らずにはいられないのだが……。
■今回のコラムに登場したワイン
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