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ワインマニアの悲しき犯罪――刑事コロンボ『別れのワイン』

2008年1月31日

  • 筆者・亜樹 直

イラスト

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第8巻(週刊モーニング連載中)

 「もう一度観てみたい」とずっと思っていた『刑事コロンボ』の「別れのワイン」を、正月休みにようやく観ることができた。

 40代以上の人なら誰でもご存知と思うが、刑事コロンボは70年代に大流行したアメリカの連続テレビドラマ。LA警察殺人課のコロンボ警部は、よれよれのコートを羽織り、安葉巻をおいしそうにふかすサエない風体の男だが、粘り強い推理で犯人を追い詰め、最後はトラップ(罠)を仕掛けて、自白に追い込む。「別れのワイン」は、ワインを題材にしたシリーズ最高傑作ともいわれる作品である。

 ストーリーをざっと紹介すると、亡父が遺したワイナリーの跡を継いで社長になった兄(犯人)は、超ド級のワインマニアで、商売にならない高級ワイン造りに没頭したり、高価なワインを買い込んで、父の遺産をワインにつぎ込んでしまう。ワインに興味のない腹違いの弟はこれに業を煮やし、ワイナリーの権利を売却しようとする。逆上した兄は弟を殴り、昏睡状態のまま密閉性の高いセラーに閉じ込める。空調を切り、窒息死したところを海に投げ込み、ダイビング中の事故を偽装する。弟が窒息死したのは昏睡から2日目で、その時兄はNYでのワイン・オークションに参加しており、アリバイは鉄壁である。ところが兄がNYに行っている間、LAはたまたま40度を超える猛暑に見舞われていた。そのため、空調を切ったセラーの中のポルト・ワインが熱劣化していたことをコロンボに見抜かれ、トラップにかかり、お縄となる。

 10代の頃にこのドラマを観た時は「ワインって熱に弱いんだ」と思った程度であった。でもワインをそれなりに理解した今は、当時の何倍も楽しんで観ることができた。

 中でも面白かったのは、犯人と親しいワインマニアたちが「素晴らしいクラレットだ!」といいながら、ありがたそうに赤ワインを飲むシーン。クラレットとはイギリス人がボルドーワインに対して与えた呼び名で、左岸も右岸もひっくるめた総称。つまり、一級シャトーも無名シャトーもすべてクラレットなわけだが、彼らは「銘柄は何でも、ボルドーワインなら全部ウマい!」と言いたげなのである。番組が制作されたのは、アメリカワインが初めてフランスワインに目隠し勝負で勝った76年より、さらに3年も前のこと。想像するに、当時のアメリカ人には根深いフランスワイン信仰があったのではあるまいか。

 いっぽう違和感を抱いたのは、セラーの温度が上がってポートワインが劣化していたのを、刑事に指摘されるまで犯人が気づかなかったことである。40度を超える高温に長時間さらされたら、大抵のワインは吹きこぼれる。アルコール度数が高く熱に強いポートが劣化していたなら、ボルドーもブルゴーニュも全部、ワインが吹き出ているはずだ。それに、いくら密閉性の高いセラーでも、空調を切ったために窒息するのは奇妙な話である。 ……とまあ、ツッコミどころは満載なのだが、私としては犯人のワインへの愛着や情熱がよくわかり、肩入れしてしまった。なにしろ犯人のセリフが、いちいち心憎い。たとえば秘書の反対を振り切り、1本5000ドルもするワインをオークションで落札した時も、彼は寂しげな表情をみせ、こんな風に言う。

「確かにこのワインは高すぎる。私にはムリだ。でも人生はあまりにも短い。悲しいまでに――」

 ワインで人生を狂わせた男のそんな自嘲気味の呟きに「わかるわかる」と、深くうなずいてしまうのだが、死体をセラーに隠して貴重なワインをパーにするくらいなら、私だったら自首するなぁ、とも思うのである……。

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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