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ワインに賞味期限は存在するか?

2008年3月18日

  • 筆者・亜樹 直

マンガ

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第10巻(週刊モーニング連載中)

 『神の雫』という風変わりな漫画を連載しているお蔭で、我々はこの数年、財界人に芸能人、お役人、ジャーナリストと、実にさまざまな業界の方々と知り合うことができた。本来なら出会うはずもなかったであろうこれらの人々と『ワイン友達の輪』を広げられたのは、この漫画のありがたい副産物である。

 その輪のひとりに、IT企業「サイバー・エージェント」社長の藤田晋さんがいる。藤田さんとは、某誌の企画で知り合いになった。IT社長っぽく押し出しの強い人物なのだろうと想像していたが、実際に会ってみると藤田さんはとても無口で、人の話を笑顔で聞いている穏やかな印象の人であった。

 さてその藤田さんから先日、ワイン会に招かれた。会場は六本木にある藤田さんのマンション。窓からはライトアップした東京タワーが真正面に見える。夜景も美しく、シェフがその場で作ってくれた本格中華料理も素晴らしかったのだが、なんといっても驚愕したのがワインである。食前酒として出されたドンペリニョン・ロゼの香りに陶酔している我々に、藤田さんは手書きのワインリストを見せて「どれから行きます?」と、オデンの種でも選ぶような、軽いノリで聞いてきた。が、そのリストを見て仰天。至高のワイン「ロマネ・コンティ」を筆頭に、戦前から90年代までのブルゴーニュの銘酒が綺羅星の如く並んでいるではないか。安いものでも20万円、高いものは百万円を超えるだろう。

 「これらはイギリスのスペンサー家のカーブに眠っていたコレクションですよ」という藤田氏の言葉に、我々はもう一度のけぞった。スペンサー家とは、つまり故ダイアナ妃の実家だ。世界中を点々としてきた輸入ワインとは、素性が違う。まさに真のお宝である。

 このようなお宝を前に、遠慮することなど不可能だ。かくして我々は、同席した2名のゲストと相談し、DRCリッシュブール59年と62年、グラン・エシェゾー45年、ロマネ・コンティ62年と72年、そしてドメーヌ・ルロワのシャンベルタン37年の6本を次々と注文した。藤田氏は笑顔で、これらを気前よくセラーから出してくれた。

 すべてのワインが素晴らしかったことはいうまでもないが、とくに印象に残ったのはブルゴーニュの偉大なビンテージ59年のDRCリシュブールと、37年のルロワだ。37年生まれのこのワインは71歳で、人間ならかなりくたびれている年だが、生き生きと輝き、もぎたての無花果のような果実味が感じられた。

 みんなで感動していると、ゲストの一人が「だけど、古いワインがこんなに美味しいなんて不思議だね。ワインって、賞味期限がないのかなあ?」と呟いた。ワインは瓶詰め後に熟成し、飲み頃を過ぎて過熟、老化という経過をたどるが、賞味期限はどこにも記されていない。実際には、飲んでみて「もうこのワインは枯れ果てている」と感じることはあり、それが賞味期限といえなくもない。だが「いつ枯れるか」はビンテージや輸入ルートなどによって差がでるので、ラベルに明確な表記はできないだろう。

 もっとも世の中には飲み頃を過ぎて老化している状態が好きだという、古酒マニアもいる。確かに古ワインの枯れたような味わいは「寂び」にも似た風情があり、悪くはない。要するに、熟成のあらゆる過程でその時々の味わいを楽しめるのが、ワインの醍醐味なのだ。だからやっぱり、ワインに賞味期限は必要ない。ある意味、人間に賞味期限がないのと、それは同じことなのかもしれない。

■今回のコラムに登場したワイン

  • グラン・エシェゾー

  • ロマネ・コンティ
  • ドメーヌ・ルロワ

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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