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ミシェル・ローランのワインを飲む

2008年5月8日

  • 筆者・亜樹 直

イラスト

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第1巻(週刊モーニング連載中)

 人間は悩む動物だからか、世の中には実にさまざまな「相談屋」が存在する。タバコがやめられない人向けの禁煙コンサルタント、メタボ向け肥満コンサルタント、ペット飼育の相談に乗るペット・コンサルタント……。そしてもちろんワインの世界にも、醸造コンサルタントという仕事がある。

 世界100カ所以上のワイナリーで醸造相談を請け負う、最も著名なコンサルタントはミシェル・ローランなる人物だ。ローラン氏が手がけたワインは評論家のロバート・パーカーjr.が高得点を与えることが多い。パーカーが高得点を与えれば、そのワインは必ず売れる。だからローラン氏のもとには、コンサルタントの依頼が引きも切らない。

 その有名なローラン氏が来日して、我々姉弟も取材をする機会を得た。ローラン氏は自身でも、フランス、南ア、アルゼンチンなどでワイナリーを経営している。我々は彼のワイナリーで作られた10種類のワインを試飲しつつ、以下のようなやりとりをした。

 亜樹:パーカーポイントの高いワインを作るため、パーカーの好みを意識していますか?

 ローラン:私はパーカーさんのためにワインを作っているわけじゃない(笑)。彼とは25年来の付き合いですが、意識はしていない。

 亜樹:パーカー100点のワインを作ってくれという依頼はありますか?

 ローラン:ない(笑)。でも高い得点を取れる良いワインを作ってくれといわれるね。

 亜樹:あなたのワイン作りのモットーは?

 ローラン:まず、自分の好きなワインを作ること。2番目に熟成させてなくてもおいしく飲めるワインを作ること。15年待って飲むワインはコレクターのものだからね。そして3つ目が、飲んで楽しいワインを作ること。

 亜樹:あなたのワインは果実味が豊富で若くても飲めるが、どれも似た味という説も……。

 ローラン:そんなことはない。それぞれのテロワールによって個性が異なる。今、飲んでいるワインだって、全部違う味でしょう?

 これらのやりとりの中で面白かったのは、「15年待ってワインを飲むのはコレクターだけ」という一言だ。確かに、古典的造りのフランスワインは、若いうちは空けてすぐは渋くて飲めない。15年待つか、デキャンタして1時間待つか、いずれにしても手続きが必要で、面倒くさい。ローラン系ワインは、この時試飲した10本も、注いですぐにおいしく飲めた。パーカー氏は、ワインを生産者の側からでなく消費する側から評価した初めての評論家といわれるが、ローラン氏もまた、大衆の目線でワインを作っているのだろう。だからこそ、ローラン氏のワインは果実味たっぷりで、わかりやすく親しみやすい。

 でも、我々姉弟はワインの面倒くさいところがけっこう好きなのだ。硬くて渋くて飲みにくかったワインが、時間とともに次第に花開く美しさは、いわば起承転結のドラマだ。そのドラマ性にたまらなく惹きつけられる。

「それにさ、ローランさんのワインはおいしいけれどテイストが似てるよね」と弟はいう。私も同感だ。ローラン氏は否定するが、彼の作るワインは、年齢とか体格は違うけれど、どれも似た顔をした兄弟のようだった。

 よく似たおいしいワインが世界中で作り出され、軒並み高得点を取り、よく売れる。そして売れるワインを作るべく、またローラン氏に依頼がくる……。それはビジネスとしては大成功の図式だ。しかし、世界中のワインが似た味を志向し始めたら20年後、ワインはコカ・コーラのような標準化された飲み物になってしまうのではないか……と、ちょっぴり危惧を抱いてしまうのである。

■今回のコラムに登場したワイン

  • ミシェル・ローラン氏が手がけたワイン

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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