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ワインの澱との付き合い方

2008年7月4日

  • 筆者・亜樹 直

マンガ

(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第10巻(週刊モーニング連載中)

 年代物の赤ワインを光にかざすと、黒っぽいゴミのようなものがフワフワとボトルの底周辺に漂っているのが見える。リリース直後の若いワインにはないが、10年も経過すると赤ワインには必ずこうした沈殿物がたまる。これらは「澱」(おり)と呼ばれており、赤ワインの中のタンニンやポリフェノール、たんぱくなどといった成分が、熟成中に結合したものだ。これらはタンニンの塊のようなものなので、食べると苦渋い。しかし長い年月の間に、余分な渋さがこの澱に集積されていくおかげで、上澄み部分であるワインは渋さが抜け、甘く優しい味わいになるのである。

 白ワインの場合は古酒であってもこの手のフワフワした澱はなく、キラッと光るガラスの破片のようなものが見られる。これはワインの成分である酒石酸が、カリウムなどのミネラル分と結合してできた結晶で、「ワインのダイヤモンド」などというロマンチックな呼び名まである。赤ワインでもこの結晶は時々見られ、その場合は赤紫や琥珀(こはく)色のダイヤモンドになる。ただ、見た目はキレイだが、なめてみると生臭くて、おいしくはない。

 酒石酸にしても澱にしても、いいビンテージや、出来のいいワインほどその量が多いといわれている。確かに先週も、イタリアはブルネッロ・ディ・モンタルチーノの巨星「カーゼ・バッセ」92年をおいしく飲んでいたら、ボトルの下にたまっていた大量の澱が、グラスにゴボゴボと音を立てて落ちてきたのでびっくりした。我々が愛するブルゴーニュの最高峰DRCも、澱の量はハンパじゃない。とりわけ20年越しの古酒ともなると、ボトルの底に厚さ1センチくらいの分厚い澱の層ができていたりする。余りに澱が多い時はやはりデキャンタージュをして、澱が落ちてこないよう、上澄みと分けた方がいいだろう。

 古酒を持ち歩く時も、「寝た澱を起こさない」のが一番大事。それについては、苦い経験がある。昨年の2月、まだ国際線でも機内に液体が持ち込めた頃、我々はソウルに出張をした。規制前だったので、「夜はワイン会だし、いいもの持っていっちゃおう」という話になり、ルーミエの「シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルース」94年を手荷物で持ち込んだ。もちろん、空港までは揺らさないように大事に持っていったのだが、手荷物検査ではカゴに入れられ、X線をかけられた。さらに、飛行機もかなり揺れた。夜の会合で飲んでみると分厚い澱の層がすべて舞い上がり、ワインは濁り水のようになっていた。味も、不快な渋さが舌に残り、レ・ザムルースの透明な酒質が台無しになってしまった……。

 この一件ですっかり懲りた我々は、飲む当日に古酒を持ち歩くのは原則として辞めることにした。どうしても古酒を持参しなくてはいけない場合は、澱を起こさないように斜めにかたむけつつ、能舞台の「摺り足」のように、ソロソロと歩く。先日も、そんな事態に遭遇したため、通常より20分も早く家を出て、「摺り足歩き」で40年前のブルゴーニュ特級畑ワインを運んだ。この摺り足歩き、ハタ目にはかなり滑稽だが、努力のかいあって澱が舞い上がらず、この時は古酒ならではの官能的な味わいを堪能できた。

 かくの如くワインの澱は「起こさずに捨てる」のが基本だが、最近、この澱から自然化粧品が作られていることを知った。ワインの酵母、ポリフェノールなどが集積した澱は、お肌によろしいのだそうな。ウーム、なるほど。私も今夜からは澱を捨てずにとっておき、銘酒の香りを楽しみながら“澱パック”でもやってみるかな。

■今回のコラムに登場したワイン

  • ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ「カーゼ・バッセ」92年
  • ルーミエの「シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルース」94年

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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