2008年11月4日
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(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第9巻(週刊モーニング連載中) |
この9月、私が偏愛するワイン生産者のひとりディディエ・ダグノー氏が、非業の死を遂げた。自家用の小型軽量飛行機で離陸しようとしたところ、エンジントラブルが発生。飛行機は炎上し、ダグノー氏は炎に包まれて亡くなったという。享年52歳。
このとんでもない事件をネット酒屋のメルマガで知った私は、仕事をぜーんぶ後回しにし、ダグノーのワインを探しまくった。もっとも手に入りにくいフラッグシップの『シレックス』、血統書つきサラブレッドという意味をもつ『ピュール・サン』、そして悪い噂という前衛的な曲の楽譜をラベルにデザインした『ブラン・フュメ・ド・プイイ』……。生産者が急死したとなると、そのワインは貴重品となり、いま買っておかなければもう簡単には買えなくなるだろうから、仕方ない。
私はこの日ダグノーのワインを1ダースほども買い集め、「これで当分は飲める」とほっとしつつも、一抹の寂しさをおぼえた。天才といわれたダグノーの次のビンテージを飲むことは、もう二度とかなわない――。
“プィィ・フュメの野性児”と異名をとるダグノーは、ワイン生産者だった父と折り合いが悪く、生まれ故郷のサン・アンドラン村を飛び出し、モトクロス・レーサーとして世界中を転戦したという。その後、なぜかワインの世界に舞い戻り、83年に自身のドメーヌを興す。彼のワイン作りは、その人となりを表すように、アグレッシブだ。有機栽培で完熟させた葡萄を50人がかりで収穫・選果し、ステンレスタンクで果汁を清澄させたあと、新樽、小樽などを駆使して発酵させる。また一部のワインは、発酵させたあとステンレスタンクに戻し、澱の上で寝かせたりもするそうだ。こうして生まれたワインは、同じプィィ・フュメの格付けでも、区画ごとに別々のキュベとして出荷される。例えばトップキュベの「シレックス」と「ピュール・サン」は、ワイン法では同じプィィ・フュメとなるが、値段も違うし、不思議なほど味わいも違う。このあたりもダグノー・ワインの面白さだ。
私がダグノーの名を初めて知ったのは、6年前、シレックスの下級キュベ「ビュイソン・ルナール」を飲んだ時だった。最初にびっくりしたのは、その華やかな香り。ふわっと香りのベールに包みこまれるようで、筆舌に尽くしがたい。飲むと強烈な酸と硬質なミネラルがあり、硬い造り。だが熟成すればスケール感のある、それでいて優雅なワインに化けることが予想できた。要するにトンデモなく美味いワインなのだが、これを造る醸造家が元モトクロス・レーサーの変わり者で、今は犬ぞりレースでチャンピオンにもなっていると聞いて、二度びっくりした。今回の急死にも驚かされたが、ダグノーはその生き方も含め、独創的でドラマチックな天才だった。
振り返ればこの数年は、偉大な生産者が次々と急死している。01年にはシャトー・クリネやシャトー・ボー・ソレイユを作ったジャン・ミシェル・アルコートが海で事故死。05年にはブルゴーニュの4ツ星ドメーヌ・ルネ・アンジェルの当主フィリップが、バカンス先のタヒチで、心臓まひにより49歳で逝去。06年には同じくブルゴーニュのスター生産者、ドゥニ・モルテが、50歳で拳銃自殺。そして今年、ダグノーの事故死……。
天才は早世するというが、醸造家も同じなのだろうか。私は貴重品になりつつあるダグノーのブラン・フュメ・ド・プイイを今日もしみじみと飲みつつ、偉大な造り手の若すぎる死を悼んだ。しかしこんな調子で開けてたら、せっかく買い集めたダグノーのワインも、一周忌までになくなりそうだなぁ……。
■今回のコラムに登場したワイン
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