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“規格はずれ”のワインを楽しむ

2009年4月9日

  • 筆者・亜樹 直

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(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第6巻(週刊モーニング連載中)

 仕事上、一日の大半をパソコンの前で過ごしている私は、今ではワインだけでなく日用品、食料品、パンツまでもネットで買っている。食料品で一番気に入っているのは、京都の某食品店。ここではお得意様へのオマケとして、買い物のたびに梅干しを1パック添えてくれるのだが、ある日、店長から以下のようなメールが会員あてに配信されてきた。

「オマケでつけている梅干しですが、手作業でパック詰めをしているので、数や大きさが毎回、変わることをご了解ください……」

 店長の説明によれば「前回より梅干しが1個少なかった」とか「今回は小粒だった」というクレームが絶えないとか。いちいち梅干しの数を数えている人がいるのにも驚くが、そもそも天然物である梅の粒の大きさが毎回同じわけがない。日本人はとかく、モノを買う際に同じ規格であることを求めすぎる。ワインマニアになってから、私はそういう日本人の同一志向、規格品志向が、前にも増して気になるようになってしまった。

 げにワインほど「規格はずれ」がまかり通っている商品はない。その年の気象条件や、何年貯蔵したかによっても味わいが変わる。同じ銘柄でも、70年代のシャトー・マルゴーのように、経営者が変わったために、味がガラリと変わってしまう例だってある。

 “Y”の金文字が目印の「イグレック」は、世界一の貴腐ワインを作る名門シャトー「ディケム」が作る白ワインである。貴腐ワインとは、黴の一種である貴腐菌が果皮について水分が蒸発し、糖度が上がった葡萄で作られる高級甘口白ワインのこと。しかしイグレックは辛口で、ソーヴィニヨンブラン5割、セミヨン5割というブレンド比率以外はあまり情報が公開されておらず、作られる年と作られない年があり、生産量は極めて少ない。そのイグレックの2000年を、弟がたまたま京都料理の店に持ち込んで飲んだところ、

「辛口の白なのに、貴腐香がほのかに漂っていて、和食にもすごくよく合った!」

 と、大興奮して帰って来た。

 弟は「貴腐菌がついた葡萄がちょっとだけ混じっているのではないか」と勝手に解釈しているようだ。イグレックに関する情報はほとんどないので真相はわからない。でも、弟があまりに「美味い」を連発するので、私もこのワインの00年を飲んでみた。いわれてみれば、貴腐ワイン独特のサフランっぽい香りが確かにある。辛口なのだが、1時間もすると柔らかく優美な甘味がふんわりあがってきて、独創的な美味しさがあった。

 それからイグレックの存在が気になりだし、いくつかのビンテージを飲んでみた。すると不思議なことにビンテージによっては、貴腐っぽい香りがしないこともあった。もしかしたら、イグレックに使われる葡萄に貴腐菌が付く年と全然付かない年があるため、ビンテージごとに味が変わるのかもしれない。

 イグレックの最新ビンテージは05年だが、03年や01年は見たことがないから、たぶん作られなかったのだろう。気まぐれに作られ、味もその年によって変わり、中身についての情報さえほとんど明らかにしない、消費者には“不親切”で曖昧なワイン、イグレック。

 梅干しの大きさの違いが気になる人には許しがたい「規格はずれ」ぶりかもしれないが、こうした曖昧さ、いい加減さを受け入れていけば、頭の固い日本人も、ワインの世界をもっともっと楽しめるのではあるまいか。

■今回のコラムに登場したワイン

  • 「イグレック」

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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