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繰り返し飲んでも飽きないワイン

2009年4月28日

  • 筆者・亜樹 直

写真(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第12巻(週刊モーニング連載中)

 すでに世界中で話題になっているから、彼女のことを知ってる人も多いだろう。今月11日、イギリスの有名な歌のオーディション番組に47歳・独身のスーザン・ボイルという女性が登場した。外見はいかにもな田舎のオバサンで、セックスアピールもまったく無し。だから、この人がステージに姿を現した時、審査員のみならず観客も失笑し、「場違いじゃないの?」とばかりに冷たい視線を投げかけた。ところが彼女がマイクを手にレ・ミゼラブルの『夢やぶれて』を歌いだした途端、審査員の目は驚きで見開かれた。外見とは裏腹に彼女の声は若くみずみずしく、伸びやかで、水晶のように澄みきっていたのである。歌い終わる時には観客も審査員もスタンディング・オベーションで、会場ホールはかつてないほどの熱気に包まれた――。

 このオーディションの光景は動画投稿サイトで3千万回以上も視聴されたそうだ。もちろん私も視聴したが、外見とのギャップに驚く以上に、スーザンさんの歌の素晴らしさに圧倒された。あまり音のよくないPCのスピーカーでも、透明で張りのある、輝くような歌声がよくわかる。たぶん、こういうのを「天使の歌声」と呼ぶのだろう。

 最近では仕事中も彼女の声を聴きたくなり、ダウンロードした動画ファイルを開けて、しばし耳を傾けていたりする。そしてふと考えた。「何度でも聴きたくなり、何度聴いても聞き飽きない」と思わせるこの美声をワインに置き換えてみると、「何度でも飲みたくなり、何度飲んでも飽きない」ということになる。その法則に当てはまるワインこそは、彼女の歌と同じように、大衆の心をつかむ“美酒”といえるのではないか。

 例えば評論家が高い評価を与えているワインの中にも、一度飲んだだけで底が見えてしまうものが結構ある。そういうワインは、結末を知ってしまったミステリーのように、何度も繰り返し飲む気にはなれない。また、味は素晴らしいが値段が高すぎ、繰り返し飲むには向かないワインもある。ある意味、これも「大衆の心をつかむワイン」とは言い難い。繰り返し飲むワインは、底が知れてもダメであり、高すぎてもダメなのである。

 そうした中で、私が繰り返し飲んでいる銘柄は、ブルゴーニュの赤では、若手ネゴシアン、フレデリック・マニヤンのワインと、カップ印のラベル「グロF&S」、そして手のマークが目印のモンジャール・ミュニュレだ。これらの生産者のワインは、格下の村名ワインでもレベルが高い。とくにマニヤンのワインは、味わいに比べ安価なのも魅力。

 ボルドーでは、シャトー・ジスクール、レオヴィル・ポワフェレ、ハートのマークのカロン・セギュールの3銘柄を最も多く飲んでいる。7、8年前まで、これらのシャトーは5千円〜7千円で買えたので、コスパもよかった。だが最近では値上がりが著しく、繰り返し銘柄からは次第に外れつつある……。

 ほかにもイタリアのマッサ・ベッキアが造る「ロッソ」や、テヌータ・ディ・トリノーロの「レ・クーポレ・ディ・トリノーロ」は繰り返し飲んで飽きの来ないワインだ。特に、クーポレは3千円台とコスパ抜群。何度飲んでも財布はそれほど痛まない。

 さて最近では寝酒に、鬼才マルセル・ダイスが造る軽い甘口の白ワインを繰り返し飲んでいる。5千円台で買える『エンゲルガルテン』か『ランゲンベルク』を、グラスに1、2杯。これらは上品で繊細、軽やかな甘口で、とりわけ春の夜更けにはよく似合うのだ。

 そうだ、今夜はスーザンの透明な歌声を聞きながら、ダイスのワインを飲んで寝よう。聞き飽きない歌声と、飲み飽きない軽やかな白ワインをマリアージュさせる、なんてのもちょっと粋ではないか。

■今回のコラムに登場したワイン

  • フレデリック・マニヤン
  • グロF&S
  • モンジャール・ミュニュレ
  • シャトー・ジスクール
  • レオヴィル・ポワフェレ
  • カロン・セギュール
  • マッサ・ベッキア
  • レ・クーポレ・ディ・トリノーロ
  • エンゲルガルテン
  • ランゲンベルク

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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