2009年6月15日
(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第13巻(週刊モーニング連載中)
私のような「ノムリエ」の立場から見ると、究極のところ、ワインは4種類に分類されるような気がする。すなわち、(1)値段は高くてもその値段に相応な美味いワイン。(2)値段が高いのに、味は安っぽいワイン。(3)値段が安く、味もそれに見合ったワイン。(4)値段は安いが、味は高級ワインのように美味しいワイン、である。飲んでうれしいのはなんといっても(4)、続いて(1)、あきらめがつくのは(3)。存在自体許しがたいのが(2)だ。年柄年中飲んでいると、(1)と(2)のワインには何度も遭遇するが、(4)のワインが見つかる確率は低い。ネット酒屋の激安美味というアオリに釣られて買ってみても、大方は値段相応、(3)のワインだ。本当は『神の雫』でももっと(4)のワインを紹介したいのだが、これはまさに砂漠に埋もれる1粒のダイヤモンドを見つけるかのような難作業であり、そう簡単には行かない。
ただし、ワインおたくのカンというやつなのか、出会った瞬間「ひょっとしてお宝かも……」とぴーんと来ることもある。かつて2千円台の「モン・ペラ」や千円台のイタリアワイン「ファルネーゼ・カサーレ・ベッキオ」もそうだったが、なんというか、ラベルからオーラのようなものが感じられるのだ。フランスの有名シャトーのように伝統や名声が確立しているワインの場合、ラベルは中身がそのワインであることを伝える“記号”の役割をしているにすぎない。しかし無名のワインにとって、ラベルは中身の情報を伝える唯一の手段だ。「このワインは無名で値段も高くありませんが、味わいは値段以上ですよ」と訴える場所はラベルしかないのである。だから丁寧に作られたワインは、どことなくラベルに気迫が感じられる。ラベルで作り手の魂を感じ、コルクを抜こうとして硬くてしっかりしていたら、それはもう飲まなくてもわかる。間違いなく「ビンゴ」だ。
数日前の暑い日、弟の知人のそのまた知人のMさんという女性が、南アフリカのワインを赤白2本、保冷袋にいれてわざわざ持ってきてくださった。聞けば、Mさんは海外の保険会社で仕事をしていた人で、この会社の創業者だった76歳の実業家が南アにわたり、ワイナリーを買い取ってワイン造りを始めたという。「良心的に作られたいいワインなので、ぜひ亜樹さんに飲んでほしいんです」と、彼女は汗を拭き吹き説明してくれた。正直にいえば、ワインの新興地である南アでは、優れたワインに当たる確率はあまり高くない。だから私も内心、Mさんの紹介してくれるワインも(3)の「安いけどそれなり」なんじゃないかと思っていた。
ところが赤ワインのラベルをみた瞬間、はっと胸を衝かれた。不思議なシンボルマークとワインの銘柄が書かれただけのシンプルなラベルから漂ってくるオーラが、尋常じゃないのである。思わず「この赤、なんだかスゴイかも知れないですね」という言葉が口をついて出た。
飲んでみると……素晴らしいの一言。フランスの吟醸地・メドックの格付けワインをほうふつさせるカベルネ・ソービニヨンとメルローの見事な調和、純粋エレガントな味わい。オーク樽で約2年熟成、その後瓶の状態で2年熟成させ、合計4年寝かせてから出荷させるという手の込んだやり方にも驚かされた。
ちなみにこの南アのワイン、日本での販売はこれからとのことだが、値段はかなりお手頃。冷蔵コンテナで運んでも、2千円台におさまりそうな感じで、まさに(4)の「お宝」である。具体的にどんな銘柄かは近々『神の雫』の誌面で公表させていただくが、ラベルからほのかに漂う“オーラ”の確かさを、改めて実感した一件であった。
■今回のコラムに登場したワイン
みずみずしい果物をいっそうおいしく感じるこの季節。大粒で肉厚な房州びわや、甘味の強いサクランボの紅秀峰など旬のフルーツと、桃やラ・フランスといった香り豊かなフルーツを使ったスイーツなど、さわやかな甘味が楽しめる逸品を紹介しよう。
蒸し暑さで疲れた体には、酸味がきいたさっぱり料理がおいしい。程よい酸味のドレッシングであえた海鮮マリネや、つるりとした食感もいい太もずく、トマトの風味がさわやかなトマトカレーなど、この季節にうれしいメニューをご紹介しよう。