2009年9月9日
(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第20巻(週刊モーニング連載中)
秋は収穫の季節。フランスでも日本でも、今月はそこかしこのワイナリーで「収穫祭」が催されている。そのひとつ、山梨県は中央葡萄酒「グレイスワイン」の収穫祭に、このほど姉弟そろって顔を出してきた。同社の造る「グレイス・シャルドネ」は非常にレベルの高い白ワインで、『神の雫』でも07年ビンテージを紹介したことがある。それがご縁で、今回の収穫祭にもお声をかけていただいた次第。我々も久々に日本のワイナリーをゆっくり見学させてもらい、いい勉強になった。
サントリーが運営する「登美の丘」や「メルシャン勝沼ワイナリー」もそうなのだが、日本のワイナリーの葡萄畑はどこも非常に見晴らしがいい。東京ドーム3倍分の広さという中央葡萄酒の「明野農場」も、日本一日照時間が長いという地区にあり、南アルプスや八ケ岳が一望できる。こういう美しい光景を毎日眺めて育つから、葡萄の実も甘くみずみずしい味わいになるんじゃないかと思う。
さて日本では、湿気と病害を避けるために農家は昔から「棚栽培」で葡萄を育ててきた。一面に広がる棚の下に葡萄がなっているあの光景は、日本ならではのものである。しかしこのワイナリーでは棚を設けず、フランスと同じ垣根方式で葡萄造りを行っている。垣根栽培では、雨が降ると垣根下部の葡萄の実がぬれてしまう。それをそのまま収穫するとワインに不要な水気が混じるので、同社ではビニールのカバーを木の根元にかけて、雨が跳ね上がるのを防いでいる。葡萄の垣根に延々とつけられたこのカバー、明野農場全体でなんと5千キロにも及ぶとか。
そのほかにも、畑の土を台形に盛り上げて水はけをよくしたり、風の通り道に沿って垣根を造るなど、雨よけ湿気よけの工夫をいくつも重ねている。欧州品種は、多雨の地域では本当に育てにくいのだ。しかし、同社ではもっとも生育が難しいカベルネ・ソーヴィニヨン100%のワインも造っており、特別に試飲させてもらうとこれがなかなかの優れモノ。メドックの格付けワインといっても通りそうな完成度だ。まだ熟成途上で、商品化についても検討中とのことだが、このカベルネ・ワインがどう育つかとても楽しみである。
一方、江戸時代から生食用として定着していた日本の品種「甲州」に関しては、ワインに適応した味わいに改良すべく研究を重ねている。「苗から植えると生食用の性質のまま育ってしまう。だから種から植えて、ワイン造りに向いた個を選び出して育てていきます」と、ワイナリーを案内してくれた同社の社員Fさんが言う。種を撒いて苗を育てて、良い実がなるのを待っていたら、ワインができるまでには十年近い年月が必要だろう。なんとも気の長い、コスト度外視の話である。
コストといえば、驚いたことがもう一つ。明野農場の一角には土の成分をいろいろと変えて葡萄を育てている試験的畑がある。ここはよく日の当たる南斜面の畑なのだが、なんとこの畑、もともと「北斜面」だった土地をブルドーザーで切り崩し、北側に盛り土して、人工的に南斜面を造ったのだという。千万円単位の金を投資して南傾斜の畑を作り、そこでさらにコストのかかる実験農業を行うとは……。いやはや、ワイン造りへの強い情熱がなければ、とてもじゃないができない試みだ。
この中央葡萄酒のように、多雨・多湿の風土と戦いながら、高品質のワインを造ろうと格闘している醸造所は、大手資本以外にも増えてきている。野生酵母を使って本格的なワイン造りに取り組む栃木県の「ココ・ファームワイナリー」や、無化学農薬栽培に取り組む長野県の「小布施ワイナリー」などもそのひとつだ。その昔はお土産用の“ご当地ワイン”が主流だった日本のワイン造りは今、まさに変革の時を迎えているのかもしれない。
■今回のコラムに登場したワイン
地酒というと日本酒やビールが思い浮かぶが、最近は「地酒」ならぬ「地梅酒」も人気。梅の産地や熟成度にこだわり、糖分や水を厳選。日本酒やブランデーをベースに使ったりと、各メーカーが趣向を凝らした逸品ばかりだ。食前・食後にくつろぎながら、ゆっくり味の違いを楽しんでみたい。
これからの時期、寒い夜は鍋を囲んで一家団らんの時間を楽しみたい。そこで今回は、肉や魚などの具材やタレが詰め合わせになった、手軽でおいしい各種鍋セットをご紹介。うどんや雑炊用のご飯も用意して、最後までじっくりと味わおう。