2009年10月19日
(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第21巻(週刊モーニング連載中)
メドックマラソンというお祭りを楽しんだあと、我々神の雫一行はメドックのシャトーを取材して回った。1級の中でも筆頭のCHラフィット、CHレオヴィル・ラス・カーズなど有名シャトーもいくつか取材をお願いしたが、日本ではあまり名の知られていないシャトーも訪問してみたかった。そこで日本を出る前にメドック周辺のワインを試飲してみて、気になるシャトーをいくつか選び、あらかじめ取材をお願いしておいた。
そのひとつがオー・メドックのCHカンボン・ラ・プルーズ。三千円程度と手頃な値段だが、豊かさやエレガントさを兼ね備えた力強いワインである。オーナーのジャン・ピエール・マリー氏は、とある大企業の役員を務めていたという御仁だが、13年前サラリーマン人生に見切りをつけ、多額の資金を投じてこのシャトーを買収。旧式だった醸造所や発酵所などの生産設備を近代的に改造し、機械任せだった収穫を手摘みに変え、銘酒CHスミス・オー・ラフィットの醸造長をスカウトして、新たに醸造責任者に据えた。
ちなみにこのシャトーは、マルゴー村に隣接するマコー村の、有力シャトーに挟まれた好立地の畑を持っているのだが、長い間、鳴かず飛ばずのワインを造っていた。しかしマリー氏の大胆なテコ入れ後、メキメキと頭角を現し、2003年の格付け見直しでは、クリュ・ブルジョワ級からクリュ・ブルジョワ・シューペリュール級に格上げもされた。
つまりはマリー氏の指揮の下、さまざまな改革によって畑本来の力が引き出された結果、平凡なワインが優良ワインに生まれ変わったわけだ。ワイン造りを構成する要素「天・地・人」のうち、「人」が変わったことでワインも変貌を遂げた典型的な例といえる。
「やっぱり、天地人で一番大事なのは人だよね」などと弟と語り合っていたら、マリーさんからもうひとつの『隠し玉』ワインが出てきた。まだ数ビンテージしか造っておらず、製造量が少ないため世の中にほとんど知られていないマルゴー村のワインだという。
「マルゴー村のカントナック・ブラウンに近い一角の畑が買えましてね。そこのワインなんですよ」というマリー氏の説明を聞きながら試飲してみると、味わいも優雅であるが、香水のような華やかな香りに驚いた。
「この香りは、マルゴー村のワイン特有のものだよな」と弟は言う。確かに、カンボン・ラ・プルーズも芳醇で力強いが、このように華やかで女性的な香りはまったくしない。
同じ醸造家が造っているにもかかわらず、畑が異なるとこれほど味わいも香りも変わるのか。となると、やはり「人」以上に「地」の及ぼす影響が大きいのかもしれない。ワインの世界は奥が深く、飲めば飲むほどわからなくなることもある。それゆえに我々はワインを飲み続けているのだけれど。
■今回のコラムに登場したワイン
地酒というと日本酒やビールが思い浮かぶが、最近は「地酒」ならぬ「地梅酒」も人気。梅の産地や熟成度にこだわり、糖分や水を厳選。日本酒やブランデーをベースに使ったりと、各メーカーが趣向を凝らした逸品ばかりだ。食前・食後にくつろぎながら、ゆっくり味の違いを楽しんでみたい。
これからの時期、寒い夜は鍋を囲んで一家団らんの時間を楽しみたい。そこで今回は、肉や魚などの具材やタレが詰め合わせになった、手軽でおいしい各種鍋セットをご紹介。うどんや雑炊用のご飯も用意して、最後までじっくりと味わおう。