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大地を共有するものは、影響を与え合いながら生きる

2009年11月5日

  • 筆者・亜樹 直

イラスト(C)亜樹直 オキモト・シュウ/講談社「神の雫」第2巻(週刊モーニング連載中)写真ロンディロンのブドウ畑にある桃の木

 時々不思議に思うことだが、ワインは葡萄からできているのに、なぜ薔薇やハイビスカスなどの花や、カシスや苺といった果実の香り、果ては腐葉土やら煙草やらナツメグやら「葡萄とは関係ないもの」の香りがするのだろうか。葡萄でできているのに、葡萄の香りが漂うワインというのにはついぞ出会ったことがない。このような香りがどこから生まれて来るのかは、深遠なるワインの世界の、大いなる謎のひとつだ。

 9月のボルドー取材でも、このワインの「香りの謎」にかかわる面白い体験をした。前回も書いたように、我々はメドック周辺のワインをいろいろと試飲し、気になるシャトーに取材を申し込んだのだが、そのひとつに甘口の貴腐ワインがあった。ガロンヌ河沿いの貴腐ワインの有名産地バルサックの対岸にある「ルピヤック」地区の「シャトー・ドーフィネ・ロンディロン」である。このワインは甘く柔らかい桃のような香りがあり、それがとても印象的だった。加えて、貴腐ワインなのに価格は三千円台と手頃なのも気に入った。

 ドーフィネ・ロンディロンは、1950年代にはエリーゼ宮で開催されるオランダ国賓晩餐会で、銘酒CHディケムと唯一肩を並べてオンリストされた、由緒正しい甘口ワインである(シャトーでは実際に、その当時のワインリストを見せてもらった)。宝石のように磨き抜かれ、洗練されたディケムとは異なり、ロンディロンは野性味を残した自然体なワインだと思うが、特徴的な桃の香りがどこから来るのか、私には不思議であった。ところが畑を見てびっくり。ロンディロンの葡萄畑のど真ん中には、少なくとも樹齢数十年はたつと思われる大きな桃の木が、まるで葡萄の木々に君臨する女王様のように、どっかと植わっていたのである。

 葡萄と桃が混在するこの光景は、ワイン産地でもそうそう見かけるものではない。でもロンディロンのオーナー、サンドリンヌさんは、「桃の木は私が子どもの頃からあった。この桃の木は葡萄畑ともワインの味わいとも、ぴったり合っているのよ」と言っていた。

 以前、葡萄畑のすぐ隣で唐辛子を育てているイタリア・カラブリア地方のワインに唐辛子のニュアンスが感じられ、驚いた経験がある。それと似たような現象が、この甘口ワインにも起きているのだろうか。ひとつのテロワール(環境)を共有する桃と葡萄が、長い年月を経て少しずつ溶け合っていく、そんな科学では説明できない現象が――。

 そういえば、4百年以上農薬や化学肥料を使っていない自然派のワインを造る「シャトー・ル・ピュイ」の14代目オーナー、アモローさんもこんなことを言っていた。

 「葡萄は、同じテロワールに生き続けるその他の植物の影響を受けます。例えば、ル・ピュイの葡萄畑のなかに林檎の木を植えたなら、百年もたつと、葡萄の味わいに林檎の影響が出る。自然とはそういうものなんです」

 林檎の葉や花や実が土に落ち、葡萄の根がそれを栄養として取り込む。百年これを繰り返すうちに、いつしか林檎の個性が葡萄畑に取り込まれ、林檎のニュアンスを感じるワインができあがる――。百年、二百年という長い目で自然を見つめてきたアモローさんならではの言葉だ。それは、仲のいい夫婦が何十年も生活を共にするうちに、似た者同士になるのと同じようなものなのかもしれない。

 ロンディロンのシャトーの中で、我々はバックビンテージをいくつもごちそうになった。どのビンテージも、確かに桃の香りが感じられた。葡萄も果実も、この地上で生けとし生きるものは皆、互いに深く影響を与え合っている。酔いが回る頃、ふとグラスから「人間だって、一人で生きてるわけじゃないんですよ」というワインの声が聞こえたような気がした――。

■今回のコラムに登場したワイン

  • シャトー・ドーフィネ・ロンディロン

プロフィール

亜樹直(あぎ・ただし)

講談社週刊モーニングでワイン漫画『神の雫』を執筆。これは姉弟共通のペンネームで、2人でユニットを組んで原作を描いている。時に、亜樹直A(姉)、亜樹直B(弟)と名乗ることも。このコラムを担当するのは姉の亜樹直A。2人で飲んだワインや神の雫の取材秘話など、ワインにまつわるさまざまなこぼれ話を披露していく予定。

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